もしも私達がいつかここから居なくなってしまうとしても(金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話・〇.七)

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   * 「お邪魔しました」  成り行きで、先生と一緒におにぎりを食べた。  食べてみたら、思い出した。そう言えば、私もご飯食べてなかった。  二食分と思って買ったおにぎりは、二人の一食分になってしまった。先生、次いつご飯食べてくれるんだろう……  あ、だめだ。久し振りにちゃんとご飯食べたせいか、急に眠くなって来た。  早く帰ろう、帰って寝よう……眠れたら。 「じゃあ、今度こそ、また来週……あ」  玄関まで来て、脱いでそのまんまだった靴の向きを逆にしようとして、しゃがんだら、ふらっとした。 「おい!?大丈夫かお前」 「すみません、平気です……」  膝をついてた姿勢から立ち上がって、靴を履こうと、したんだけど……上手くいかなくて、壁に手を付く。 「途中まで送る」  すごい不機嫌そうな声でそう言うと先生が私を追い越して玄関に降りて、雪駄を履いた。 「え、ほんと、大丈夫で」  ……いきなり。  ぼろっと目から涙がこぼれて、床に落ちた。 「あれ?……やだ、すみません、これで拭きま」 「こら、それで顔拭くな!漆付いてんだろうが」  バッグに手を突っ込んで取り出した布は、エプロンだったらしい。手首をつかまれて止められた拍子に、何故か涙の堰が切れた。 「う……」  ぼろぼろ泣くのが、止められない。  なんで今、こんな所で。  舌打ちが聞こえたと思ったら引っ張られて、作務衣の肩の辺りにとん、と頭をもたれさせられた。先生だけ玄関に降りてるから、いつもより、先生が近い。 「悪い、手拭いあっちに置いて来た。これで我慢しろ」 「……先生だって、漆付いてるっ……」  さっき筆で塗ってた、と言う前に、頭をぱふっと叩かれた。 「こんなとこに付くか馬鹿」 「……ふ、」  今度は、背中をとんとん叩かれる。  やめてほしい。寝そうになっちゃう……。  だって、何日も、寝てるか起きてるか分からない日が続いてるから。  例えば、寝てるのに、おーちゃんと買い物に出掛けてる。  おーちゃんと出掛けてるのは、寝てるからなんだって思う。  楽しいのに悲しくて、変な気持ちで目が覚める。  目が覚めると、泣いてるの。    だめだ。頭の中が、ごちゃごちゃする。 「せんせ……ねむい……」 「あー、寝ろ寝ろ。眠いときは寝ちまえ」 「……ねれない……」  こわい、って口に出したのか、出さなかったのか。  だって、「こわい」って、口に出すのもすごくこわい。 「じゃあ寝んなよ。どっちでも好きにしろ、お前が寝てるか寝てないか、俺がちゃんと見といてやるから」 「ん……」  顔を擦り付けると、背中を撫でてくれた気がした。  大丈夫、こわくない。  寝ても寝なくても、見ててくれるって。  この人は、見ててくれるって一度言ったら、絶対見ていてくれる人だ。  私は溺れた人みたいに、目の前の人にぎゅっとしがみついて、眠りに落ちた。  
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