Light My Fire! - ハートに火をつけて! -

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⒌  その顔は同性をも緊張させた。無意識に雇い主の妻と重ねてしまう。足を組み替えた拍子に黄金の髪が波打つ。 「ねぇ、そろそろ腹括って僕の専属エージェントにでも転職したら?」 「それはいけません。ジルベール御坊っちゃん」  魅惑の美青年が薔薇の口唇(くちびる)を吊り上げる。碧眼は意地悪く光った。  だが怯んではいけない。こうなりゃ(てこ)でも動かないと(かたく)なになる。ジルベールは額に手を当てて溜息混じりに(うな)()れた。「なんで」完璧な流し目は呆れ果て、鋭い目つきでこちらを見遣る。 「わたしの雇い主は旦那様と奥様であり、御坊っちゃんではありません」 「だから転職を勧めているんじゃないか! このままだと一生かかったって雇い主の娘に手ぇなんか出せねぇぞ!!」  母親譲りの女性的な顔と柔らかな声色には不釣り合いの粗暴な言葉が飛び出した! すかさず口を開くが、先手を打って制される。 「僕が口利きしないで誰がするのさ」 「御坊っちゃん。お言葉ですが、お節介というものはご存知でしょうか? 第一、あなた様は本当にわたしを必要としていらっしゃいますか?」 「本当にお言葉が過ぎるよね。君」  書斎に夕暮れの陽の光が薄く差し込み、使用人の顔を紅色に染めていた。だが、太陽のせいだけではないことをこの御坊っちゃんは知っていた。  彼の姉の話をしているからだ。  他の誰かに惚れている男が、どんな顔をして、どんな目で話すのか。美青年は分かりきっていた。 「役者()を騙そうなんて大したタマじゃん」  笑みが益々深くなる。窓台に腰掛けたジルベールが自身の膝に左手で頬杖をつく。  薬指の指輪がキラッと光った。  妙に(あや)しく輝いて見え、胸のうちに、また不毛な恋心を膨らませる。 「羨ましーくせに」 「怒りますよ」  そして面倒なことにジルベールは目敏く自分の様子を察知していた。これほど厄介な男はいない! と嘆きたくなる。  自分はあくまで使用人であり、その一線を越えるわけにはいかない。幼少期から親が住み込みで働き、衣食住が保証された生活をしてきた。  現在は自身も使用人となり、相変わらずこの家の人々に甘えたままなのだ。それらを懇々と言って聞かせたが、この家の次男坊は「馬鹿げた忠誠心だ」と一蹴する。 「その馬鹿げた忠誠心とやらが、わたしの人生の柱なもので」 「惚れた相手を全身全霊で幸せにするのが男の責任だろ」 「それは地位も名誉も富もある、我儘なあなただから出来たことです」  使用人の一言にジルベールの表情が一段と険しくなる。今度はたまらず舌打ちもした。彼は苛立っていた。あれほど熱烈な手紙を送り付けたくせに何年も放っているからだ。 「…………だったら容易く惚れ抜いてんじゃねえよ……」  全身が総毛立つような重苦しい声だった。彼の顔が歪むと、その美しさに恐怖すら覚える。  自分なりの気遣いを見せて軽口を叩いてみたのが馬鹿らしい! ジルベールは怒気を孕んだ声で耳許で囁いた。 「好きな女が他の野郎に取られるとこ、ずっと指咥えて見てろ。間近でな」  窓の向こうを顎でしゃくると、稀代の美男子は腹立たしさを隠しもせず、書斎を後にした。 「だから窓台に乗らないでくださいと昔からあれほど言ったのに……」  オスカー・スミスは随分と昔からこの家唯一の娘に恋をしている。……我ながら大馬鹿者である。
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