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薔薇の棘で親指の腹が切れた。土いじりで汚れた指に一拍遅れて傷口から血が膨らむ。
「暇をもらったの?」
とんだヘマをしたのは澄んだ声が周囲の音の一切をかき消したからだ。雇い主の御息女に背を向けるわけにはいかない。
「どうしてそのようなことを?」
「トロゥリィ・ケースが転がっているもの」
風は庭地を駆け抜け、二人の髪を乱す。オーラリーがダークブロンドの豊かな髪を耳にかけた。日が落ちた今、暗くなった野外が彼女の顔の陰影をはっきりと描き出した。
オスカーは「あぁ……」と言い、もう随分と倒れたままになっていた荷物を立て直す。持ち手を掴んだまま、この手をどうするべきなのかが分からない。いっそ本当にこのまま屋敷を出るべきだろうか。
「闇に乗じて黙っていくの?」
自分を――注意深く、慎重に――じっと見つめる瞳が美しいと思った。ちらっと動く碧眼がオスカーの茶色い目を見ている。
「どうなのでしょうね」
ほぼほぼ吐息のような声だった。
――自分でも正解が分かりません。
「困り事が何かありましたか?」
「イエスと言ったら……あなたは助けになってくれるかしら。この家の使用人だから?」
「それは………もちろんです」
職も親から継いだ身だ、今更反旗を翻すなど許されるはずがない。「分からないことがあるの」と言ったオーラリーが手紙を握っていた。
指先も声も震えている。
怖がりな二人は臆病で弱気な駆け引きにもつれ込んだ。
「もう一度ちゃんと手紙を読んだの。昔あなたが母に託したものよ。謎も――解いた」
オーラリーの瞳が揺れているのは動揺か困惑のどちらだろう? 自分から目を逸らしてしまいたいのだと、オスカーにはよく分かった。
「とても悩んで……解けた今も……悩んでる。〈最初は白の1〉って〈W〉なんでしょう。そうなのよね?」
「本当に……解かれたのですね」
青年は「参ったな」と、やや硬い笑顔を作る。耳のふちが熱いのは単に気恥しいからではなかった。
「こうやって色と数字を照らし合わせていくのね? 違う?」
「その言葉は、完成したのでしょうか」
「もう変わってしまったから、あなたは行くの? 本当はもっと早く返して欲しかった……?」
はやる気持ちを抑えることなどできなかった。矢継ぎ早に問う。
「勤めていたところに私がいただけ? それとも私がいるから? どっちなの」
使用人の青年は半ば諦めたように頭を振る。
「今の質問の答えは、すべて「いいえ」です」
雇い主の娘の頬が恍惚に染まる。瞳は信じられないほど純な光を宿して輝いている。彼女は頭の良い女性だ、もうきっと既にオスカーの返答を正しく理解しているだろう。
「……先に、ご両親に話を通すのが筋かと」
オスカーは今になって、例の手紙を彼女の母に託した理由を白状した。
「幼い頃から、俺の前にはあなたがいました。暮らした家に、仕事先に。でも今はあなたがいるからこの屋敷を出ていきたくはありません!」
怖がりで臆病で弱気な自分を気持ちが押し切った瞬間だった。
「今すぐ答えをくださいとは言いません。けれど、ずっと愛しておりました」
オーラリーの頬に手が伸びる――白い頬にかすれた土がついた――足りない。できることならこの熱情を唇でぶつけてやりたい。
硬い手のひらのまめ、日に焼けた浅黒い肌、厚い胸の奥……オーラリーは今すぐにでも頬を寄せたくなった。
オゥエシーズが言った通りだと彼女は思った。男のすべては視線に現れている。熱い眼差しがその証だ。
青年はオーラリーの頬に手を添え、顎の下を撫で擦ると腰を抱き、互いの首の後ろへ腕を回した。
晴れて婚約者となった二人の胸は幸福で満たされている……
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