4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
◇
閉店間際のホームセンターに駆け込んだ。
自転車のかごに買ったものを詰め込んで、ペダルを精一杯こぐ。
通り過ぎた街灯に蛾がバチバチと鳴っていた。音が遅れて聞こえてきた。どこからともなく、祭囃子にかき消されていたはずのセミの声も復活していた。
「ただいま!」
誰に言うでもなく、僕は店内に叫んで、かごの中のものを中に運んだ。
水槽。それから電力式の濾過装置。餌に、砂利、カルキ抜きの薬剤。
先ほど見知らぬ女子高生が持ち込んできた、金魚を救うための設備だ。
「死ぬなよ、死んでくれるなよ」
包装を解く。
水温計を手に取って、まずは金魚の入ってきた袋の水温をチェック。
やかんで湯を沸かす。そのすきに砂利を手でもみ洗いして、水槽へ。
濾過槽地を水洗いして砂利の入った水槽にセット。
ぴー、とやかんが鳴いたら火をとめて、バケツに水をくむ。
水と湯を合わせて袋の中の水温に調節して、カルキ抜き薬剤を混ぜ合わせる。混ぜ合わせたそれを静かに、静かに。水槽へ。にごりがないことを確認して、袋のまま、金魚を浮かべる。
「……手際がいいね」
「!」
不意に聞こえた声に、びくっと肩を震わせて振り返ると女子高生がいた。
さっきの、金魚を持ってきた女子高生だ。
どうやら棚の影にしゃがんでいたらしい。セットされた水槽を、下から見上げている。
「金魚、出してあげないの?」
「え、と、……いきなり水にいれるとびっくりするから、まず、慣らすんだよ」
「そうなんだ。詳しいんだね」
しゃがんでいたので床の汚れがついたのだろう。
女子高生は制服のスカートをぱんぱんと手で払って、立ち上がった。
よくみたら、僕の通う高校と同じ制服だ。
「……もしかして、僕が出て行ったあと、ずっとここに?」
こくり、と彼女は頷いた。
「だって、キミ、鍵も閉めないで、顔色真っ青にして、自転車で走っていっちゃったから。せめて店番しててあげようかなあって」
「ご、ごめん。……こいつらはこれで、もう大丈夫だと思うから……家まで送るよ」
「ううん、いいよ。大丈夫。家ね、ここから歩いて数分なの」
にっこりと彼女は笑って、水槽を今度は上から覗き込んだ。
「……また見に来てもいい?」
うかがうように、彼女は言った。
「別にいいけど……」
「やった! じゃあ、また来るね!」
まぶしい笑顔だった。
胸がきゅってなるような。思わず眩暈を覚えるような。
──それは太陽を見上げた時に似ている。だから反射的に目を細めてしまった。
「それじゃ!」
視界が狭い。
彼女を直視できない。
よく見えない状況で、僕は必死に叫んだ。
「あ、の、名前!」
「え?」
「僕は、夏木こはく! キミの、名前は……」
光が強くなる。
彼女の足音が、わずかに遠い。
何とか、瞼をこじ開ける。
彼女は、戸を開けて、その前で、振り返っていた。
「……空野いさめ。いーちゃん、て呼んでもいいよ?」
にひひっと、太陽が小悪魔みたいに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!