わすれもの屋と三匹の金魚。

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◇  閉店間際のホームセンターに駆け込んだ。  自転車のかごに買ったものを詰め込んで、ペダルを精一杯こぐ。  通り過ぎた街灯に蛾がバチバチと鳴っていた。音が遅れて聞こえてきた。どこからともなく、祭囃子にかき消されていたはずのセミの声も復活していた。 「ただいま!」  誰に言うでもなく、僕は店内に叫んで、かごの中のものを中に運んだ。  水槽。それから電力式の濾過装置。餌に、砂利、カルキ抜きの薬剤。  先ほど見知らぬ女子高生が持ち込んできた、金魚を救うための設備だ。 「死ぬなよ、死んでくれるなよ」  包装を解く。  水温計を手に取って、まずは金魚の入ってきた袋の水温をチェック。  やかんで湯を沸かす。そのすきに砂利を手でもみ洗いして、水槽へ。  濾過槽地を水洗いして砂利の入った水槽にセット。  ぴー、とやかんが鳴いたら火をとめて、バケツに水をくむ。  水と湯を合わせて袋の中の水温に調節して、カルキ抜き薬剤を混ぜ合わせる。混ぜ合わせたそれを静かに、静かに。水槽へ。にごりがないことを確認して、袋のまま、金魚を浮かべる。 「……手際がいいね」 「!」  不意に聞こえた声に、びくっと肩を震わせて振り返ると女子高生がいた。  さっきの、金魚を持ってきた女子高生だ。  どうやら棚の影にしゃがんでいたらしい。セットされた水槽を、下から見上げている。 「金魚、出してあげないの?」 「え、と、……いきなり水にいれるとびっくりするから、まず、慣らすんだよ」 「そうなんだ。詳しいんだね」  しゃがんでいたので床の汚れがついたのだろう。  女子高生は制服のスカートをぱんぱんと手で払って、立ち上がった。  よくみたら、僕の通う高校と同じ制服だ。 「……もしかして、僕が出て行ったあと、ずっとここに?」  こくり、と彼女は頷いた。 「だって、キミ、鍵も閉めないで、顔色真っ青にして、自転車で走っていっちゃったから。せめて店番しててあげようかなあって」 「ご、ごめん。……こいつらはこれで、もう大丈夫だと思うから……家まで送るよ」 「ううん、いいよ。大丈夫。家ね、ここから歩いて数分なの」  にっこりと彼女は笑って、水槽を今度は上から覗き込んだ。 「……また見に来てもいい?」  うかがうように、彼女は言った。 「別にいいけど……」 「やった! じゃあ、また来るね!」  まぶしい笑顔だった。  胸がきゅってなるような。思わず眩暈を覚えるような。  ──それは太陽を見上げた時に似ている。だから反射的に目を細めてしまった。 「それじゃ!」  視界が狭い。  彼女を直視できない。  よく見えない状況で、僕は必死に叫んだ。 「あ、の、名前!」 「え?」 「僕は、夏木こはく! キミの、名前は……」  光が強くなる。  彼女の足音が、わずかに遠い。  何とか、瞼をこじ開ける。  彼女は、戸を開けて、その前で、振り返っていた。 「……空野いさめ。いーちゃん、て呼んでもいいよ?」  にひひっと、太陽が小悪魔みたいに笑った。
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