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目が覚めたらあたりはだいぶ暗くなっていた。受験勉強で疲れていたせいか、ずいぶん深く眠ってしまったらしい。目が覚めたのにまだ夢心地だ。それにしても、何か衝撃的な夢を見た気がする。
ぼうっとする頭でいまの状況を確認する。おれはいま、近所の公園のベンチに座っている。どうしてこんなところにいるんだっけ? 歳の離れた幼い妹が外で遊びたいと言ったからだ。妹とふたりで公園に行くと、妹は近所の男の子と遊び始めた。おれはその様子をベンチに座って見守っていた。そのあとの記憶がぼやけている。どうやらおれはそのまま眠ってしまい、そして現在に至るらしい。
受験勉強のちょっとした息抜きのつもりだったが、気の抜け過ぎだ。
おれはベンチから立ち上がり妹を探した。
「ヒナコ?」
妹の名前を呼ぶ。しかし公園には、妹どころか誰一人としていなかった。時間が時間なのでみんな家に帰ったのだろう。だけど、妹はどこに行ったんだ?
帰るから出てこいと呼びかけても返事はなかった。
おれは血の気が引くのを感じた。
迷子? それともまさか、何か事件に巻き込まれたんじゃ……。
いや、そう考えるのはまだ早い。おれは自分に言い聞かせる。この公園と我が家は目と鼻の先にあるのだ。道路をひとつ渡るだけだから、おれの足なら家まで一分とかからない。もしかしたら妹は、勝手にひとりで帰ったのかもしれない。少々お転婆な妹の性格を考えると、それは十分ありえることだった。置いていかれた兄としては、少し傷つくけれど。
そうだ。きっとそうに違いない。
家に帰れば、妹はいるはずだ。
おれは急ぎ足で家に向かい、玄関のドアを開けて中に入った。
玄関には母の靴があった。
その隣には、きちんと揃っていない妹の小さな靴。
おれはホッとした。やはり先に家に帰っていたのだ。
そこでおれは視線に気がつく。玄関を開ける音でわかったのか、廊下の先のリビングのドアを少し開けて、妹がおれのことを覗き見ていた。おれを見ながら妹は、イタズラっぽく笑っている。
「ヒナコォ〜。おれを置いて帰るなよぉ」
おれは靴を脱ぎ、おどけながら妹に向かっていった。
妹は「きゃ〜!」なんて笑いながらリビングの奥に走り去って、
「にいに、かえってきたぁ! ママァ。にいに、かえってきたよぉ!」
そこにいるであろう母に、妹が言うのが聞こえた。
まったく、無邪気なやつめ。
おれは笑いながら、開けっ放しになっているドアをくぐり、リビングに入った。
入った途端、ただならぬ空気を感じて、おれは立ち尽くしてしまった。
悲痛な表情。
母が涙を流しながら、妹を抱きしめている。
抱きしめられた妹は不思議そうに言った。
「ママ、なかないで。にいに、かえってきたよ?」
その言葉に母は、言い聞かせるように告げる。
「ヒナコ。にいにはもう帰ってこないの。帰ってこないのよ……」
そのときおれは思い出した。
道路に飛び出した妹をかばって、自動車にはねられたことを。
母はおれの存在に気がつかない。
カレンダーを見ると、月がひとつ変わっていた。
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