その1

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その1

   ぼくローベルト・シューマンは、ドイツのツヴィッカウという当時から公園のように緑豊かな町で、1810年6月8日に生まれた。6人兄弟の6番目、つまり末っ子。ついでながら、ツヴィッガウは、クラーラの出生の地ライプツィヒの約70キロほど南に位置する。  ぼくの人生に欠かすことのできない、同世代の作曲家たちの生誕にも触れておこう。1809年にはフェリークス・メンデルスゾーン、ぼくと同じ1810年にはフレデリック・ショパン、そして1811年はフランツ・リストが生まれている。どんなかかわりがあったか、折あれば語ってみたいと思う。  この町の歴史の詳細は省くが、ぼくが生まれて2年後にナポレオン軍のロシア遠征の往復の通路になったことだけ、挙げておきたい。彼らの往路は、堂々たるものだったようだ。ジョゼフィーヌを伴ったナポレオンは歓声とともに迎えられたらしい。ところが、復路は負け戦でやけっぱちになったフランスの軍隊に、この町の人々はさんざんな目に合わされた。混乱のなかで流行したチフスに母は罹り、しばらく隔離が必要だった。母への思いが強かったのは、幼い時にひき離されたという心の傷ゆえかも知れない。  ナポレオンが去ったのちのヨーロッパの枠組みを決めたウィーン会議以降、リベラルな空気とともにナショナリズムが盛り上がる時期を迎える。ぼくがギムナジウムに通う頃は、新しい時代への期待に満ちていた。
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