その2

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その2

 ライプツィヒのヴィーク家に意気揚々と引っ越してきたとき、木々が色づき始めていた。ピアノ教師として、ピアノの天才少女のいた父として名声高まる先生は、以前より風格を増したように感じた。一言話をすると、よく知っているとおりの先生であることがわかり、ほっとした。ぼくは、決意を言葉にした。 「先生、弟子にしてくださってありがとうございます。ご期待を裏切らぬよう、精進します」  ヴィーク先生は、ぼくの目をしっかり見ながら言った。 「よし、その言葉を忘れるでないぞ。明日からさっそく始めよう」 「ありがとうございます。精一杯がんばります」  ぼくは、ここに戻れたことやっと音楽家としての準備がはじまることに、嬉しさでいっぱいだった。先生はうなずき、子どもたちにぼくを部屋へ案内するように告げた。  義母クレメンティーネの影にちょこんと立っていた、11才のクラーラ。ふたりの弟、9才のアルヴィン、8才のグスタフ。3人は待っていましたとばかりに、ぼくの荷物を取り合うように抱えて、2階の部屋へ連れ立った。寝室と書斎が別になっている、使いやすそうな良い部屋が用意されていた。  一年半ぶりに見る子どもたちは、それぞれ背が伸びていた。最初のぎこちなさがなくなると、グスタフはぼくの背中に飛びついてきた。ぼくは末っ子だけど、早速ここでは一番上のお兄さん格として見上げられた。だいぶ年は離れているのに、ぼくの子どもっぽさをよくわかって、親しみを感じてくれたようだ。  ひとつ屋根の下。ぼくは初心に返って、ヴィーク先生によってピアノを基礎から学びなおし、クラーラと弟たちと無邪気に遊ぶ日々がはじまった。クラーラは妹のような存在であり、ピアノにおいては姉弟子として間近にその真価を知ることとなった。  音楽家への道を歩み始める決心がついたのは、二十歳。遠回りして遅くなってしまった分、頑張らねば。
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