その1

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その1

 10才を迎える1820年の3月に、ぼくはツヴィッカウの(※1)ムナジウムに進んだ。生まれてからライプツィヒ大学に入るまでの18年もの間、自然豊かなこの愛すべき故郷で過ごすことができたのは、本当に幸運だった。生涯求めてやまなかったことの一つは、ぼくの魂を抱きとめてくれる美しい自然だったから。  ツヴィッカウという街は、前回も触れたように、ナポレオン軍の通り道となったためにさんざんな目に遭ったが、ぼくがギムナジウムに通う頃にはすっかり立ち直り、活気が戻っていた。父の出版や書籍販売の仕事も順調で、家を買って引っ越した。そこは市のたつ広場の角にあって賑やかな場所だけど、同時に少し歩けばぼくの求める自然があった。学校で嫌なことがあったときは、流れる小川のほとりで、土と風の香る林へ逃げ込んだよ。学校というところは今はだいぶ違うのかもしれないが、ぼくの敏感な感性で耐えることは難しい、不条理なことがいろいろあったんだ。  とにかく、豊かな自然に抱かれながら育ったことは、ぼくが後に作曲をする上でも、大きな影響を及ぼした。ライプツィヒの街中に生まれ育ったクラーラは、後にぼくを通して「自然」へ愛を傾けるようになるんだよ。それは、まだだいぶ先のこと。いつか機会があったら、その話もしたいと思う。 ※1 日本の中高一貫校に相当する中等学校
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