その2

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その2

   ぼくは良い父に恵まれた。アウグスト・シューマンは、理想と実利をバランスよく実現した人物である。町中の人たちが、父に尊敬の念を持っていた。書籍販売業、出版業を営み成功した父は、もともと作家志望だったようで、翻訳や小説も残している。文学的な週刊誌も発行し、古典文学をシリーズとして刊行した、後の世では「文庫本の祖」と称されるほどの業績を残した。誇らしい限りである。  もしぼくが詩人になっていたとしたら、詩を書きながら本を世に送る仕事をしたかもしれない。実業家になっても夢見人の父は、ぼくが音楽の道を進むことに快く賛成してくれた。気楽な末っ子で、しっかりした兄が3人もいたからかもしれない。  音楽の手ほどきを受けたのは、ギムナジウムに入るまえの、初等予備学校のときだった。父の事業は順調で経済的に潤っていたことから、音楽環境も豊かだった。母がピアノを弾くのでもともと家にはピアノがあり、興味を持った。両親は、教養としてピアノを習わせてくれた。  ぼくが7歳になると、父に連れられて評判の演奏を数多く聴くことが叶った。ベートーヴェンの交響曲とモーツァルトの「魔笛」には大感激し、家に帰るなりピアノ編曲をしたぐらいだ。  ヴィルトゥーゾたちのピアノ演奏のなかでも、9歳のときに聴いたモシュレスは強い印象を残した。将来は彼のようになりたい!と思ったものだ。
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