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せんせいとおばさん
『大すきな先生』 きのしたるり
わたしは、みたか先生が大すきです。
先生はおこるとこわいけど、いつもやさしいからすきです。
あそんでいてけがをしたとき、いっぱい心ぱいをしてくれました。
おむかえに来てくれたすみちゃんにはちょっとおこられました。
すみちゃんは、お母さんの妹です。
学校で「すみちゃん」とよんだら、「すみちゃんじゃなくて、おばさんね」と言われました。
でも、わたしは、「おばさん」よりも「すみちゃん」とよぶほうがすきです。
********* *********
「すみません、木下(きのした)流里(るり)の保護者ですが……」
その声に振り返ると、オドオドとした様子で校庭側から保健室を覗き込んでいる女性がいた。
よれよれのTシャツにジーパン、サンダル履き。寝起きのように乱れた長い髪で、化粧気のない顔には黒縁の大きなメガネをかけている。
私は思わず眉根を寄せてその人物の顔をマジマジと見てしまった。
子どもたちの通学路に現れたら、不審者として通報してしまうレベルだ。
だがその姿を見た流里さんが「あ、すみちゃんだ」と言ったことで、少し警戒を解いても良いと判断した。
「二年一組の担任の三鷹(みたか)樹梨(じゅり)です。えっと……流里さんのお母様は?」
すみちゃんなる人物は私の頭の中の保護者データに入っていない。いくら児童本人の知り合いであっても簡単に信用することはできない。
「あー、どうしても仕事が抜けられないらしくて。代わりに迎えに行けと姉から命令が……」
そう言うと『すみちゃん』はボリボリと大胆に頭をかきながら、私に携帯電話の画面を見せた。
そこには『ルリが怪我をしたから学校に迎えに行って。ついでにリカとルリに晩御飯も食べさせて』というメッセージが入っていた。
「流里の叔母の脇山(わきやま)すみ枝(すみえ)です」
自己紹介をする脇山さんを見上げて、流里さんが自慢気に「すみちゃんだよ」と説明する。説明にはなっていないが叔母と姪という関係なのは理解できた。
「で、一体何があったんですか?」
私が脇山さんの存在に納得したと判断したのか、脇山さんが本題の質問を切り出した。
「休み時間に校庭で遊んでいたときに、ドッヂボールの球が当たってしまったんです」
「ドッヂボールをしていたなら球が当たるのは当然でしょう?」
「そうではなくて、流里さんはタイヤ渡りをしていたんです。その近くで別の子どもたちがドッヂボールをしていて……。その流れ球が当たってタイヤから落ちてしまったんです」
私はできるだけ丁寧に説明をする。
「本人はお尻から落ちたから大丈夫だと言ったんですが、念のために病院で診て頂いた方が良いかと」
これくらい大丈夫かな、と放置しておくと後でどんな大問題になるかわからない。念には念を入れる。それでも足りないこともあるのだ。
すると脇山さんは「フム」と唸ると腕組みをして私の顔をジッと見た。
「先生、失礼ですがお年は?」
私は内心冷や汗が出た。年齢が若いことで「こんな若い先生に担任なんて無理なんじゃないですか」と監督責任を追及されるのかもしれない。
「に、二十三歳です」
先生になってようやく二年目に突入したところだ。担任を持つにはまだ早いと思う。正直、担任としてちゃんとやっていける自信なんて全くない。でも「何事にもはじめてのときはあるものだよ」と校長先生に動かされた。それに副担任にはベテランの先生がついてくれている。それでも担任の重圧は大きく私にのしかかっている。憧れて就いた仕事だけど、楽しいばかりではないのだ。
「二十三!」
脇山さんは大きな声で言う。
保護者の方はみんな私よりも年上だ。
二十三歳の私を信頼しろという方が無理だろう。どんなに頑張っても年齢はどうしようもない。担任を持って二カ月で私は胃に穴が開きそうだった。
「若っ! 若いだろうとは思ったけど、二十三? 若っ!」
思っていた反応と少し違う。
「そっかー、私より若い先生、いるよね。そりゃそうだよね。でもなーショックだわー。先生が私より若い。マジか」
思っていた反応と全然違う。
「流里、いいなー。こんなに若くてカワイイ先生に教えてもらって。私もこんな先生に教わりたかったなー」
思っていた反応とまったく違う。
流里さんは流里さんで「いいでしょー」と自慢気に胸を反らせていた。
「えっと、そうではなくて、流里さんの怪我が……」
「ああ、ケツを打っただけでしょう? 大丈夫、大丈夫」
脇山さんは笑いながら軽く言う。
「流里、ボールが飛んで来たら華麗に避ける練習しときな。ヒラッと。蝶が舞うようにヒラッとかわすんだよ」
そう言ってすみ枝はボールを避ける真似をはじめた。流里も体をくねらせてヒラリとかわす真似をする。
姪と叔母で白熱するボールかわしシミュレーションをどうやって止めればいいのだろうか。
「あ、あの……」
私は、戸惑いながら声を掛けた。
「おうっと、すみません。えっと、今日は取り敢えず連れて帰ればいいのかな?」
「はい。お願いします」
私は頭を下げて見送り体制に入った。
「あ、そうだ。六年の木下里香(りか)に、ウチに来るように伝言を頼んでいいですか?」
「はい。わかりました」
そうして書類へのサインなどの事務的な作業を終わらせて脇山さんは流里さんを連れて学校を出て行った。
もしかしたら責められるかもしれないと思っていた私は、あまりに拍子抜けして思わず笑ってしまった。
また流里さんの『叔母さん』と会う機会はあるだろうか。
それを思うと、少し胸が弾むような気がした。
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