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せんせいとじゅぎょうさんかん
『じゅぎょうさんかん』 きのしたるり
きょうはじゅぎょうさんかんでした。
いつもはおかあさんしか来ないけど、きょうはすみちゃんも来てくれてうれしかったです。
すみちゃんにじゅぎょうさんかんのことをおしえてあげたとき、
「じゅぎょう中のせんせいを見たいから行ってあげよう」
とニコニコわらっていました。
すみちゃんがたのしそうだったので、わたしもたのしいきもちになりました。
********* *********
授業参観がある。
一週間前から、私の気持ちは重たかった。
親御さんをはじめとするご家族の方たちは、我が子の成長の様子を楽しみに見に来るだろう。
それを私の失敗で台無しにすることはできない。
しかも参観に来る人たちはすべて私より年上だ。
年の離れたお姉さんが参観に来る、なんてことがあれば年下の可能性もあるが、極めて少数であることは間違いない。
今日も、どれだけ仮病を使って学校んでしまおうかと思ったか知れない。
たくさん練習した。頭の中でシミュレーションもした。大丈夫。絶対大丈夫。自分に暗示を掛けるように繰り返しても不安はぬぐいされない。
「せんせー、おはようございます!」
元気よく挨拶をしたのは、担任をしているクラスの児童・木下流里さんだった。その隣には姉の里香さんもいる。
「おはようございます。流里さん、里香さん。今日も元気いっぱいね」
流里さんは満面の笑みを浮かべている。
「きょうね、じゅぎょうさんかんに、すみちゃんもくるって!」
「え?」
思わず耳を疑った。
チラリと里香さんを見ると、里香さんもうれしそうな顔をしている。
「すみちゃん」とは、里香さんと流里さんの叔母に当たる人物だ。以前、流里さんを学校まで迎えに来たことがあるので面識はある。
「叔母さんも来てくれるなんて、よかったね」
私が気を取り直して言うと
「おばさんじゃないよ、すみちゃんだよ」
と流里さんが訂正する。
「流里、すみちゃんは叔母さんなんだよ。お母さんの妹のことを叔母さんっていうの」
「えー、でも、すみちゃんの方がかわいいよ」
「そうじゃなくてね……」
里香さんは小学六年ながら、妹を前にすると、大人っぽい表情を見せる。それはとても微笑ましい姿だった。
そんな二人を笑顔で見つめながら、私は内心焦っていた。
私は二人と別れると、急いで職員室に引きこもる。
親御さんたちが来ることだけでも緊張しているのに、あの脇山さんまで授業を見に来るというのだ。
両親以外の親類が授業を見に来るのは特別なことではない。中には、父方母方双方の祖父母に両親と、総勢六名で授業を見に来る家族もいる。
だから叔母が授業参観に来るのも不思議なことではない。
頭では分かっているのに、脇山さんが来ると知って妙に落ち着かない気持ちになった。
そういえば、以前会ったときはよれよれのTシャツにジーンズで、しかも寝起きのような風貌だった。
授業参観といえば、親御さんたちは小綺麗に装ってくる。脇山さんがどんな格好で来るのか興味が湧く。
って、私は何を考えているんだろう。
今はそんなことを考えている場合ではない。
準備に漏れがないか確認して、授業の流れを最終チェックしておこう。
そうして決戦の四時間目がやってきた。
教室の子どもたちが浮足立つ空気を感じる。
普段とは違う化粧や香水の匂いが教室に充満していく。
授業参観とは、親御さんが子どもの成長を見る機会であるのと同時に、教師の指導力を査定する時間でもあるのだ。
私はこれから二十人以上の大人たちに審査される。緊張しないはずがない。
ベテランの先生方は「いつも通りやれば大丈夫だよ」と気楽に言うが、それができるなら緊張なんてしない。
それでも跳ねまわる心臓を何とか抑え込み、私はいつも通りを装って教壇に立った。
結果から言えば、失敗だった。
まず、浮足立つ子どもたちを落ち着かせることができなかった。
それでも何とか授業に集中させようと簡単な問題を出した。
子どもたちは、家族にいいところを見せようと元気よく手を挙げた。そんな手を挙げる子どもの中に、少し勉強が遅れている子もいた。
私は、きっと家族にいいところを見せたいと頑張っているんだ、それならぜひいいところを見せられるようにしてあげようと、その子を指した。
ところがその子は震えながら立ち上がり「わかりません」と小さな声で言って泣き出してしまったのだ。
私の判断ミスだった。
答えはわからないけれど、少しでも親にいいところを見せたくて、つい手を挙げてしまったのだろう。
なんとかなだめようとしたが、なかなか泣き止まず、その上他の子どもたちも騒ぎ出してしまった。
それでもなんとか気を取り直して次の問題に移ったのだが、今度は誰一人として手を挙げようとはしなかった。
何パターンものシミュレーションを繰り返してきたけれど、ここまでドタバタな状況は予想していなかった。
脇山さんが参観すると聞いて、どんな格好で来るのだろうなんて思っていたけれど、授業に必死過ぎて脇山さんが来ていたのかどうかもわからなかった。
翌日。
「せんせー、おはようございます!」
昨日に引き続き、私のクラスの流里さんが元気よく挨拶をした。
私は昨日の授業参観の失敗をしっかり引きずっていたが、それを見せないように笑顔を取り繕う。
隣には姉の姉の里香さんもいる。
「すみちゃんがね、手をあげてはっぴょうしたの、ほめてくれたよ」
流里さんが満面の笑顔で言う。
「私の授業も見に来てくれた。私のこともほめてくれたよ」
と、里香さんもうれしそうに言う。
この姉妹が叔母のことを好きだというのがよくわかる。
そして脇山さんに昨日の私の失敗をばっちり見られてしまっていたということも判明した。
気持ちがさらに重くなる。
一度会っただけの脇山さんに失敗を見られたことが、どうしてこんなに気になるのか、自分でもよくわらない。
「よかったね」
私は泣きだしたい気持ちを抑えて、笑顔を作って姉妹に言った。
「それで、すみちゃんが、先生にこれを渡してって」
里香さんが鞄の中から一通の封筒を取り出した。
私は神妙な気持ちでその封筒を受け取った。
職員室に戻り、私はデスクの上に封筒を置いて眺めた。
それは味気のない茶封筒だ。
中に何が入っているのか見当もつかない。私宛なのだから開封すればいいコトなのだけど、怖くてなかなか手を出すことができなかった。
罵詈雑言が書いてあるということはさすがにないと思う。そう信じたい。
もしかしたらダメ出しの言葉が綴られているのだろうか。それとも何かアドバイスを送ってくれたのだろうか。
どれだけ茶封筒を眺めて考えていたところでその答えはわからない。
私はひとつ息を付き、勇気を振り絞って封を切った。
茶封筒の中には、三つ折りにしたコピー用紙が一枚入っていた。
恐る恐るコピー用紙を開くと、赤ペンで『よくできました』の文字と大きな花丸が書かれていた。
どんな意味を込めて脇山さんがこの手紙を送ってくれたのかはわからない。
あの授業は失敗だった。褒められるところなんてなかったと思う。
だけど脇山さんが送ってくれた花丸がとてもうれしかった。
次こそは、本当の花丸がもらえるようにがんばろう、そう思えた。
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