00,狂った世界における、ある男の終焉

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00,狂った世界における、ある男の終焉

 退魔士(たいまし)の殉職率は、ほぼ一〇〇%だと言われている。  理由はふたつ。  ひとつ。職務内容が「強烈な力を持つ人外との戦闘」だから。  ふたつ。退魔士と言う人種はどいつもこいつも、死ぬまで戦い続けるのが当然だと思っているから。  ――正直、イカれてるよな。こんな仕事。  寒空の下、白昼の公園。迫害され追い詰められたような、窮屈な喫煙スペースのベンチにて。  肺に落とす価値も無い粗末な紫煙を溜息と共に吐き捨てて、男はぐったりとうなだれていた。  解れや埃っぽさの目立つ薄い黒コートの下には、シワだらけのワイシャツに、擦れた黒のスラックス。  全体的に漂う気怠さは「くたびれた中年男性」と言う表現が実によく似合う。 「あー……っとに、この銘柄マッズイわー。そら妙に安いはずだ」  安物買いは銭失い、とはよく言ったもの。  うんざりしたように「げー」と呻きながら、男は「まだ窒素の方がうめぇわ」と言わんばかりに舌を出した。 「……せめてもの楽しみだし……優雅に葉巻とか吸ってみてぇなぁー……」  命懸けの仕事だと言うのに、叩き上げの退魔士じゃあ良質な煙を嗜む経済的余裕すらありゃあしない。  ……まぁ、それもそうだろう。  退魔士になるべくして生まれ育つ名家の退魔士様ですら、その寿命は長くない。孫と言う概念を実際に体感できた名家の退魔士が、この世にどれだけいたのだろうか。多分、歴史資料を引っ張り出して数えてみても、三桁はいかない。  純正の退魔士様ですらそんなもんだ。  中途から退魔士の世界に入ってくるような輩じゃあ、持って数ヶ月。  そんな先の無い奴らに投資できるほど、退魔協会の資金は潤沢じゃあない。  叩き上げの退魔士なんて、短期的な穴埋めでしかないのだ。  ……だが、その穴埋めがいなければ、守れないものもある。  やり甲斐搾取も甚だしい。  つくづく、イカれているとしか思えない。 「……、!」  男が吐き捨てる紫煙を器用に輪っか状にして遊んでいると、不意にポケット内部で振動が起きた。  男はタバコを灰皿に押し付けながら、ポケットの中で震えるそれを取り出す。割れた画面を放置したままにぜざるを得ない、そんな悲しい経済力を体現するスマートホンだ。 「本当に、やれやれだ……」  着信は、メール。発信者は、退魔協会の事務局。  サプライズで賞与のお知らせ、なんて事は、退魔協会に限ってはあり得ない。  仕事の話だ。「今夜どこそこにいって、仕事をしろ」、懇切丁寧に回りくどく、それだけの事が記されたメール。 「……今夜あたりが、ヤマかな」  ――自分の限界は、自分が一番よくわかる。  自身に残された人生の尺は、もうそんなに長くはない。  それを理解した上でも、男はあっさりと立ち上がった。傍から見る限りでは、何の躊躇いも無く。 「お仕事、最期まで頑張りますか」
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