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07,光臨ッ! ダイッ、カッ、パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
河童は、「人間に多くの施しを与えた」と言う伝承が残されている。
それは薬であったり、魚であったり、そして『力』であったり。
その逸話のひとつに登場する力の名が――【ダイカッパー】。
平安の頃、今より遥かに強く魔物が猛威をふるい、人の世が危うく魔物の群勢に押し潰されかねない切迫した時勢があった。
そんな時勢に、あるひとりの武士が河童より賜った力。「人の世を救いたい」と言う強欲を、河童に叶えてもらった結果、顕現した力。
大いなる武威を以て、数多の禍いを討ち破り、安寧をもたらすための退魔武装。
それが、魔装・【大威禍破安】。
その名に「何か響きがイマイチ」と河童が手を加え、【ダイカッパー】とした!
――そして、今! 教会の地下蔵にて!
翠戦はかつてあの武士の強欲を叶えた時のように、【ダイカッパー】を千夜鈴に授けようとしていた!
「つぅ訳で、オレと合体しようぜ」
「……合体?」
「おや、きょとんとした反応だな。思春期の生娘らしく、いやらしい勘違いをして赤くなってくれるのを期待したんだが」
「だってあんた、前に『生娘の尻には興味無い』って言ってたじゃない」
「おっと、覚えてやがったか」
少しつまらん、と翠戦は溜息。が、即座に「まぁいい」と話を戻す。
「オレがこれから授ける【ダイカッパー】つぅ力はな、ハッキリ言って、人間じゃあ永久に到達できない領域の力だ。つまり人間の体じゃあどんだけ鍛えようとこいつを受け入れられない。単純にこいつだけを渡しても、受け取った瞬間にお前さんの五体はパァーンと弾け飛ぶ」
故に、合体。
「前準備として、オレの体を筋力に変換し、お前さんに流し込む。そうしてお前さんの筋細胞を超絶補強する。人間の領域を遥かに越えた河童の肉体を、お前さんの細胞で再現する訳さ。つまり、お前さんはこれから【疑似河童】になるんだ」
「疑似河童に……」
「心配すんな。肌の色は変わらないし嘴も生えないし頭もハゲない……って皿はハゲじゃあないぞ!?」
筋肉の動き、筋力の流れから千夜鈴の思考を読み、翠戦は「クァー!」とやや怒り気味に反論。
皿は洒落た被り物だ。河童はハゲではない。
「とにかく、外見は大して変わらないさ。まぁ、お望みならば変えてやらんでもないが」
「絶ッ対に遠慮するわ」
「だろうな」
しっかし、なんで人間は緑肌を気味悪がるかね? と、やや不満げではあるが、翠戦は無理に勧めようとはしない。
「理屈はわかった……でも、それって回りくどくない? あんたがアタシの武器として戦ってくれればよくない? ポ●モンみたいに。ほら、何かあんたに似てるのいたじゃん」
「誰がルンパ●パだ、そろそろシバくぞこのジャリ娘」
……「兄のように殺される」と言う強迫観念が生み出していた王子様ムーブの呪いが解け、にわかに歳相応の小娘っぽくなったと思ったら……途端にこの生意気調子。
素直になるのも考え物だな、と翠戦は呆れる。まぁ、嫌いなノリではないが。
「あのな。オレはあくまで人間の生き様を鑑賞する立場なの。人間の武器に成り下がる義理も意思も無いね」
「案外ケチね」
「なぁ、お前さん。願いを叶えてもらう立場だって自覚してる? ねぇ? さっきまで泣きながらしおらしくお願いしてた態度どこいったの? 嘘でしょお前さん」
実は別人なんじゃないだろうか、これ。
翠戦は生まれて初めて自分の認知能力に不安を抱く。
「ま、いいわ。確かにアタシとしては手を貸してもらえるだけ万々歳よね。了解。それでいきましょう」
「とんでもない勢いで上からきたな?」
キャラの変わり具合がもう一八〇度回転とか言う生ぬるい次元ではない。ジャイロ回転して勢いの余りどっか飛んでってしまったようだ。
王子様状態の時は一体どれだけの猫を被っていたのやら。猫カフェを開店できそうな数を想像してしまう。
……ともあれ、説明は終わり、話はまとまった。
翠戦は己の肉体を筋力へと変換し、千夜鈴と合体。
千夜鈴の肉体を疑似河童のそれへと補強する作業を開始。
『――……よし、完了だ』
千夜鈴の筋肉細胞に直接声が響く。
「早ッ。……あ、でも確かに、すごいこれ」
先に翠戦が言った通り、千夜鈴の見た目は一切変化していないが……その感覚の差を、千夜鈴は確かに感じ取っていた。
まずは感覚系だ。先ほどまでただの暗闇、一面真っ黒で翠戦以外は見えなかったのに、今ではもう日中のように地下蔵内部を視認できる。
これが河童の視力……光に頼らない筋肉視覚。
密閉容器に入っているはずのワインの匂いも深く感じるし、耳を澄ませば頭上階――聖堂にいるだろう吸血男の生態音も聞こえる。かすかな空気の流れを皮膚で把握する事もできる。
そして何よりの変化は――全身に、力が漲る。見た目は変わっていないはずだのに、わかる。自分は今、数秒前までとは比較にならない筋力を得たのだと。
証拠に、ポニーテールを意のままに動かせるようになった。毛先にまであふれる筋力が浸透し、毛一本単位から筋肉的活動が可能になっているのだ。
『まさしく馬の尾っぽだな』
すごいすごい、とややはしゃぎ気味にポニーテールをバタつかせる千夜鈴に、翠戦はそんな感想を零した。
『下準備はしまいだ。さぁ、【ダイカッパー】を展開するぜ!』
「!」
魔装・ダイカッパー……かつて、迫りくる膨大な魔物の群勢から、人の世を救い、守り抜いた力。
一体、どんな武器なのか。不覚にも千夜鈴がわくわくしていると――展開は、一瞬で完了した。
ぽわん、と何だかふんわかした効果音を伴って、千夜鈴の衣服が変貌したのだ。
それは、翡翠に輝く振袖衣装。いちいち装飾が豪奢で、庶民ではレンタルすら断腸の覚悟が必要になりそうな逸品……なのだが、一か所だけ、違和感が。
「――ッ!? 何これ!?」
『筋装纏鎧型の魔装、それがダイカッパー。要するに、筋力を具現化して編んだ特殊な衣類だな。元は羽織袴の形なんだが、お前さんに合わせて振袖にしてみたぞ』
「そ、そう言う問題じゃないわよ!? 何このベリーミニ丈!?」
千夜鈴が顔を真っ赤にして叫ぶのも当然。
ダイカッパー……つまりは今千夜鈴が纏っている振袖衣装は――裾がめっちゃ短い。まるでベリーミニスカート。ほんの少しの風で股間が露出するだろうし、風がなくとも太腿の割とえぐい所まで見えてしまっている。
「ちょッ……しかもスカートの下に履いてた体操ズボンは何処へ!?」
『あんな無粋なもんはこの世から跡形もなく消えてもらった。あんな概念の存在、許さんよ、オレは』
「スカートinズボンに対する殺意がすごい!? 盗撮魔か何か!? って言うか何でそんな事すんの!? アタシみたいなのはそう言う目で見れないんじゃなかったっけ!?」
『確かに、熟れみの欠片も無いお前さんの全体には魅力を感じないが……筋肉質で実に健康的な太腿だけは、悪くないと思っているッ!』
「こ、このエロ河童ァーッ!?」
『さ、とにかくその素敵衣装でせいぜい舞えよ、千夜鈴。内から堪能させてもらう』
「ふざけないでッ! 断固として異議を申し立てるわ! せめて膝上二〇センチくらいに――」
『はい筋力放出で天井ドーンしまーす。問答無用で戦闘開始だ! クァパパパパパパ!』
「翠戦ンンンンンンッ!!」
翠戦が勝手に放出した筋力により、地下蔵の天井、即ち聖堂の床が破壊され、黒衣の吸血男に勘付かれてしまった。
こうなっては、もう裾丈については後回しだ。
今は、今夜最大の目的を優先する!
翠戦が放出した翡翠の筋力を束ね、使い慣れた日本刀に整形!
いざ、太腿丸出しの千夜鈴が舞う!
疑似河童となった事で獲得した足筋から放出される筋力で翡翠の足場を作りながら、それを踏みつけて虚空を全力疾走!
一瞬にして、未だ呆然としている吸血男の背後へと回り込んだ!
「ヴァッ!?」
「シッッ!!」
翡翠の刃にありったけの筋力を纏わせ、横薙ぎに一閃!
空間ごと、吸血男の首を斬り裂こうとしたが――躱された!
「んなッ、今のに反応する訳!?」
『どうやらあの野郎、大妖に分類される程度の強さはあるのかも知れないな』
大妖――魔物の中でも厄介とされる妖怪の中でも一際ヤバいとされる連中。くくりとしては河童と同格。
翠戦が相手の力量を測り間違えるとも思えない。道理で、素の状態の千夜鈴では渾身の斬撃でも傷ひとつ付けられないはずだ。
『もっとも、ダイカッパーの前じゃあ台風の前の不始末火みたいなもんだ。ちゃちゃっとやっちまえ』
一口に大妖と言ってもピンキリ。翠戦は「吸血男は大妖の中でも下の方」、と見たようだ。
「ぐッ……何がどうなっているのだ!? 小娘、まるで別物ではないか! 純血の【血魔人族】にも匹敵しそうな闘気だと……!? た、単純な強さでは混血の我輩よりも上か!」
吸血男は顔面を蒼白に染めながらも、その手に赤黒いオーラを具現化させ、槍のような長物の武器を構築した。
どうやら、退く気はなく、千夜鈴と戦うつもりらしい。「単純な強さでは」と千夜鈴の能力評価を限定していた事から鑑みるに、吸血男はもしかしたらトリッキーな戦術タイプなのだろう。
いくら力では上をいかれても、はめ殺す術はある。そう判断したらしい。
『舐められたもんだな』
「まったくね!」
翠戦に同調して、千夜鈴は、狂気の沙汰とも言えるほどに長いポニーテールを振るった!
河童の腕はどこまでも伸びると言う逸話がある。つまり、河童の筋肉細胞は伸縮自在――とすれば、疑似河童となり毛一本に至るまで河童細胞に変貌した千夜鈴のポニーテールも、伸びる!
「ヴァァ!?」
凄まじい勢いで伸び迫るポニーテールに吸血男は驚愕と混乱の絶叫。
その叫びの隙に、千夜鈴のポニーテールは吸血男の首に巻き付いた!
「ぐぇヴァ!?」
「殺った!」
捕まえてしまえば、こちらのもの!
吸血男がポニーテールを振りほどく前に、千夜鈴は跳んだ。
一筋の翡翠流星――翡翠の残像の尾を引いて、音を置き去りに、千夜鈴が駆け抜けた。
「りゃああああッ!」
両断、一閃ッ!
吸血男の首を、すれ違い様にぶった斬るッ!
感触はまるでスナック菓子を斬り捨てるようなサクッと軽々感!
下の方とは言え、大妖クラスと喝破された魔物をここまであっさりと殺せる……ダイカッパー、裾丈はともかく、すごい力だ!
――……と、千夜鈴が勝利の余韻に浸りかけた、その時。
「――……やはり、単純な強さだけはそちらが段違いに上のようであるな!」
「なッ……!?」
吸血男、健在!?
両断された首を当然のように拾い上げ、くっつけた!?
『……! 成程、そう言う仕組みか』
「翠戦?」
『あの野郎……命が、ここに無い』
「命が無い? それって、どう言う……?」
「ヴァファファ! 純粋な力量で我輩が劣ると言う事実は忌々しいが……しかして! 我輩の首を落とせる強者は久しい! ここは大物を気取り、上機嫌になろう! 激しく強い小娘よ!」
まるで、今の一撃を受けて「ああ、こいつには勝てるわ」と確信したように、吸血男は立ち待ち笑顔を取り戻した!
「そして大物を気取るならば、手の内は晒す余裕を持って然るべき! 故に教えてやる、小娘! 我輩は決して死なぬのだ!」
「!」
「我輩はかなり混血が進んでいるが【血魔人族】の末裔である! 故に、心臓を破壊されずして絶命に至る事はない!」
「はぁ? じゃあ死ぬじゃん」
千夜鈴は聞く耳中途、吸血男の胸を狙ってまた突撃しようと構えるが……。
『待て、千夜鈴。そこにそいつの心臓は無い』
「? じゃあ、どこ?」
『言っただろ。ここには無い』
「……!?」
「ヴァファファファ……我輩の心臓はなぁ、秘術によって次元の向こうに隠してあるのだ……!」
「次元の向こう……!?」
伊達に異世界から来訪していない、と言う事だろう。
どうやら吸血男、空間や次元をあれこれする術を持っているらしい。
千夜鈴が初撃で空間を斬り裂いたのを見て、吸血男は「え、そちらさんも空間や次元をあれこれできますのん?」と焦り、顔を蒼くしたようだが……二撃目でそれは杞憂だったと判断したらしい!
千夜鈴に、ダイカッパーにできるのは、膨大な筋力任せに空間を破壊する事だけ!
次元の向こう側に器用丁寧厳重の三拍子を以てしまい込んだ心臓に、あの翡翠の刃が届く事はない!
千夜鈴の攻撃は、吸血男の命には届かない……!?
「そんな、どうやって殺せば……!?」
『ん? いや、殺す分には問題無いぞ』
――え? じゃあ、なんであんた、ちょっと驚いてた風だったのよ?
『器用な事するもんだな、って感心しただけだ。もっとも、オレら河童の前じゃあ無意味だがな』
「……じゃあ……」
『教えてやると良い。そしてお前さんも知りな。およそ河童は万能さ。ごにょごにょ……』
「…………え、そんな事もできるの?」
――……もうそこまでいくと「すごい」より「馬鹿なの?」って感想が先にくるわね。
などと呆れつつも、千夜鈴は翠戦が教えてくれた河童の力を使うべく、構えた。
「ヴァファファファファ! 残念だったな小娘! 見事な逆転劇を演じられると思っただろうが、我輩を相手には土台無理な――……って、何をしている?」
吸血男が疑問に思うのも無理は無い。
千夜鈴は今、何を思ってか、空の手を吸血男に向けてかざしている。
その行動にどれだけの意味があるのか――河童の事と、千夜鈴が今疑似河童と成っている事を知らぬ者には、理解できないだろう。
――河童の逸話で有名なワードと言えば、「尻子玉」は外せない。
古くは肛門内部にある臓腑のひとつだとされ、それを抜かれるとまさしく腑抜け、無気力人間に成り果てるとされた。
河童はこれを素手で抜き取ると言われている。
……だが、現代医学において証明された事柄のひとつとして、尻子玉なぞと言う臓腑は――存在しない!
それでも、河童はそれを掴み、抜き取る事ができると言う……これは一体、どう言う事か!?
――河童の指は「概念」を掴む事ができるのだ。
そこに実体として存在するかなど、些事。今この場所においては形無きものであろうと、問答無用で掴み取る。
そして、河童の膨大な筋力は、因果すらも押し潰す。
河童が「あれを掴もう」と思った時には既に、河童はそれを掴んでいる!
例え異次元の向こうに隠された心臓だろうと、河童の指はその概念を補足し、確実に掴み、引きずり出す。
そして、因果すら押し潰す握力で、別の場所に隠す事も逃がす事も許さない!
故に、必殺の握撃!
河童の握力からは逃げられない!
『万掴抜粋――』「――魂貫!!」
――掴んだ!
千夜鈴は感じる。己の掌の中で、どくんどくんと力強く脈打つ鼓動を。
「ぎゃ!? にゃ、な、何ィィィィィ!? ば、馬鹿な!? 何故!? 何故、我輩の心臓がそこに!? どうして、どうしてだァー!? 説明を要求するゥ!」
「大物は、手の内を晒す余裕を持って然るべき……だっけ?」
先ほど、吸血男が言った持論だ。
その理屈に従うなら、河童の握力について説明してやるべきだが、
「魔物の理屈なんて、知った事じゃないわね」
千夜鈴はそれだけ言って、思いっきり、吸血男の心臓を握り潰した!
「――ッァ――」
断末魔をあげる事すら許さない。
千夜鈴が駆け抜け、翡翠の刃を振るう。
放った斬撃の数は、無数。
刹那の乱舞にて、吸血男の全身を微塵に斬り裂いたッ!
「言ったでしょ。あんたが吸ったアタシの血は全部抜いてから殺すって」
これだけ斬り刻めば、大丈夫だろう。
「――ァ、ァ、アア……!?」
こんなバカな、と呻きながら、微塵になった吸血男は世界に拒絶され、消滅。
――千夜鈴の、ダイカッパーの、大勝利であるッ!!
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