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08,強欲な王子様
聖ウティナ女学院高等部において、最近、持ちきりの話題があった。
「ねぇねぇ、最近、チャーリー王子の雰囲気、変わったよね」
一年一組、美桜慈千夜鈴ことチャーリー王子。
女子でありながら、長身の引き締まった美ボディに端正で中性的な顔立ち、更にはやたらによく微笑む生態と、柔らかな物腰。
王子と呼ばずしてなんと呼ぼう。股間の形状が女性であると言うだけでは、あの王子力はどうにもならない。
そんなチャーリー王子が、最近……変わった。
言うなれば学園のアイドル(男(女))とも言うべきチャーリー王子の変化ともなれば、当然女子達は色めきたち、女子しかいない聖ウティナ女学院においては学校中の話題となるのも必然。
して、チャーリー王子がどう変わったかと言えば……。
「チャーリー王子、最近なんか、以前にも増してキラキラしてるよねー……」
廊下にて、眼鏡の奥の目を眩しそうに細めながら、無気力系女子高生キララは溜息を吐いた。
ただでさえ常に半目な彼女が目を細める……もはやこれは閉じていると言っても過言ではない。
キララが目を細める理由は、彼女の先ほどの弁により明らか。
目の前にいるチャーリー王子が妙にキラキラしているからである。
「ん? そうかな? 僕自身は、いつも通りのつもりなのだけれど」
そう言って、チャーリー王子はファサァッ……とご自慢の超絶ロングポニーテールを手で掻き上げた。
まるで猫がフケを散らすように、ポニ毛の動きに合わせてキラキラキラキラともうそれはなんかこう喧しい領域にまで到達している感もあるキラキラエフェクトが散り舞う。
「……何て言うか、こう……人生充実してます感がエグいねー……」
「ふふ、それは僕が『輝いてしまっている』、と言う事だね。ありがとう。最高の褒め言葉だよ。僕の眠り姫!」
「あと、妙にチャラくなったねー?」
以前のチャーリー王子は「春の月光が如く淑やかに輝く、クール系の穏やか優しい王子様」と言う感じだったのだが……。
ここ最近のチャーリー王子は「夏の太陽を直視している気分になるレベルの発光をしながら近寄ってくる、ちょいチャラみがある優しい王子様」と言った感じだ。
要するに――なんか、以前より妙にギラついている。
前向きに捉えれば「生命力に溢れている」とも言えるか。
「僕はもう、諦める事をやめたからね。もう人生に絶望したりなんてしない。前向きな前提を掲げて毎日を生きると決めたんだ。『僕には明日がある』、そう言う前提で今の僕は生きているのさ。今日やり残した事が出てきたとしても、今日何かに失敗してしまったとしても、明日またトライする事ができると考える。すると、ひとつひとつの事柄をそこまで重く深く考え吟味する必要性は無くなる訳だ。そう言う意味では確かに、チャラくなった――即ち、軽薄になったと言って相違ないね」
「わー、すごい。チャラ化の経緯をここまで美辞麗句で装飾できる人ってそうそういないと思うよ」
二周くらい回ってなお呆れ果てた、と言う様子のキララ。
一方、チャーリー王子はと言うと、パァッと一段増しでキラキラエフェクトを撒き散らし、
「ふふふ、君はどこまでも僕を褒めて喜ばせてくれるね。どうだろう、今日は帰りに駅前のケーキバイキングにでも」
「うん、まぁ、お誘いは嬉しいから付き合うけれどもー……ここんとこ毎日だねー。そろそろチャーリー王子教団に吊るし上げくらいそうで恐みあるよー……あと、それ以上に体重計に乗る恐みがー……」
「体脂肪でお悩みかい? それなら僕に良いトレーニングの心得がある。体脂肪率ほぼゼロ%の世界を教えてあげよう……と言う訳で早速、今度の休みに家で一緒に、どうだい? 手取り足取り、色んな、ああ色んな運動をして汗を流そうじゃあないか……ね? ね?」
「わー、なんだろう。友達の家に遊びに行くだけとは思えない貞操の危機を感じるのは私だけかなー?」
「ふふふ」
「あ、キラキラと微笑みで誤魔化した」
夕暮れ時。かつて人々は「逢魔が時」と呼んで恐れた頃合。
ケーキバイキングを堪能し、キララと別れ、千夜鈴は鞭として武器にできそうなほどに長いポニーテールを揺らしながら帰路に就いていた。
『しかし、少し意外だな。その王子様な振る舞いは貫くのか』
手提げ鞄に無理やり収めたヤカンの中から筋肉へと伝う声――河童の翠戦の声だ。
――別に、アタシの勝手でしょ?
王子様の微笑みとは別種、歳相応な小娘らしい生意気な不敵微笑を浮かべて、千夜鈴が「はん」と鼻を鳴らす。
――アタシだってね、チヤホヤされるのは嫌いじゃあないの。それに、前に言ったでしょ。ソッチの癖も否定しないって。考えてみれば青春の入れ食いとも言える状態よ、この現状。王子様キャラ最高ね。
『……お前さん、まさか……あの眼鏡娘へのがっつき様、演技にしちゃあ妙に迫真だと思ったが……』
――いやぁー、急いで子孫を残す必要が無いって良いわー。
……あの夜以降、色々と覚醒具合が振り切っている。
剛の獣欲、とでも表現すべきか……いや、「子孫を残そう」と言う大義名分を掲げていない分、獣のそれよりえげつないかも知れない。
まぁ「実に人間の強欲らしい」の一言で片付くが。
――と、言う訳で。学生中は性別すらも度外視したまさしく自由恋愛をエンジョイさせてもらうって方針よ。青春、青春、ってね。
先日、きたる一六歳の誕生日に向けて退魔協会から縁談が持ち込まれたが、普通に断った。
千夜鈴のバックには河童が付いている事を知っている協会は、以降、特に催促や勧告はしてこない。
――ほんと、河童サマサマって感じ? ……ありがとね、翠戦。
それもこれも、全部が全部、翠戦のおかげだ。
言葉の上ではやや軽薄に聞こえるが、千夜鈴が翠戦に向ける感謝は本物。
『……クク、クァパパパ。それでこそだわな。人間様よ』
平均寿命が着々と伸び、遂には一〇〇歳を超える昨今の時勢。
この少女も、きっとそれくらいは生きるだろう。
つまり、向こう九〇年ほどは、凡作の劇を堪能できる。
退魔士の宿命の中で、そのお約束を蹂躙して大笑いするこの少女の痛快な反逆物語を、鑑賞できる。
『願いを叶えた甲斐がある』
しみじみと、翠戦はそう思った。
「……、!」
と、ここで三線の音色が鳴り響く。
千夜鈴のスマホの着信音。メールだ。相手は、最近すごい勢いで登録数が増えた友人(あわよくば青春する候補の女子)から……ではない。
退魔協会から、魔物退治のメールだ。
――ふーん、今日は魑魅霊だってさ。
『ほう、そいつは、さっさと輪廻に還してやらないとだな』
――ええ……あ、そうだ。今夜こそあの裾丈、どうにかしてよ?
『えー、良いじゃんスケベ太腿仕様。そろそろ晒し慣れてきただろ?』
――慣れないわよ! このエロ河童!
退魔士の殉職率は、ほぼ一〇〇%だと言われている。
魔物を殺すのが退魔士の使命。
魔物を殺し、殺し続けて、最期は魔物に殺されるのが、退魔士の宿命。
今夜も、少女は行く。
退魔士の宿命を踏み躙りつつ、退魔士の使命を果たすため。
人間らしく生き続けるために、少女は魔物を殺しに行くのだ。
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