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(……また、くだらないことを考えてしまったな)
彪刃は、かすかに自嘲の笑みを浮かべた。
(蘭のことより、任務を果たせ。私が優先すべきなのは、村のことだ)
自分に言い聞かせるように、心のうちでつぶやく。それから、後ろを振り返った。さも当然のように、そこに蘭の顔があった。
「おまえ、いつまでついてくるつもりだ」
「え?」
そんなことを聞かれると思っていなかったのだろう。蘭はきょとんとした表情のまま、彪刃を見つめた。
彪刃は思わずため息をついた。
「いつまでついてくるんだ」
「あっ、えっと……。そのへんまで」
「そうか。じゃあ、ここで別れよう」
彪刃はそっけなく言い、踵を返した。
遠ざかろうとする彪刃を、蘭が慌てて呼び止める。
「待って彪刃、家まで送るよ」
彪刃は蘭をちらりと見ただけで、すぐに顔をそむけた。
「断る」
「でも」
「仕事があるといっただろう」
不満げな蘭の声を遮り、鋭く言い放つ。
「邪魔するな」
再び歩き出す。なおも言い募る蘭の声が聞こえたが、振り返りはしなかった。
——これでいい。
ふっと吐息をもらす。
そう、これでいい。関わり、何かを共有しあうことは隙となる。誰も信じない。誰にも心を許さない。それでいいはずだ。
なのに、心がざわめく。
(——何だ、この胸騒ぎは)
そっと胸を押さえる。胸の内でうごめく、この訳のわからない何かを一刻も早く封じ込めてしまいたかった。
——あいつのせいだ。
小さく舌打ちする。
ひどく無邪気で、人を疑うことを知らない。無知で、純粋で、愚かだ。
その愚直さが、そのまっすぐなまなざしが、時にわたしを戸惑わせる。
——迷うな。
指を固く握りこむ。
迷ってはいけない。惑い、揺れることもまた、自分には許されていない。
一つ息をつき、歩調を速める。
気が付けば、蘭の声はもう聞こえなくなっていた。
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