44人が本棚に入れています
本棚に追加
「——父上、ただいま戻りました」
彪刃は家の戸を後ろ手で閉めつつ、声を張り上げた。奥の障子ががらりと開く。
「戻ったか」
彪刃の父——秀人は静かに彪刃の元へ歩み寄る。彪刃と同じその黒い瞳が、わずかに細くなった。右目の上に長い傷が生々しく残っている。
「……今日はどうだった」
「二人ほど、人がいました」
「殺したのか」
硬い表情のまま、父が聞いた。
「はい、掟のとおりに」
こともなげに彪刃は告げる。秀人はそうか、と小さくつぶやいた。
「わたしはこれから、村長のもとへいく。お前も来るか」
数秒、間が空いた。思わず父を見上げる。
「村長の家へ? 父上がですか?」
「そうだ」
鷹揚にうなずく父を、彪刃は不思議そうに見つめた。父が村長のもとへ行くということは、それほど珍しいことだったのである。
「やはり……ここのところ、外の人間が頻繁にこの村を探しに来るのは、外で何かあったからなのですか?」
声を低めて尋ねる。秀人は分からぬ、と首を振った。
「だが、何かあったと考えるのが自然だろう。ここまで頻繁に外の使者が来るとなればな」
秀人は黒い瞳を伏せ、ため息をついた。
彪刃たちの言う「外」とは、この外に広がる大陸のことである。忍びとは違うさまざまな種族の人間が暮らすところ。忍びは、はるか昔から村を囲む森を隔てて、大陸の人間と決別しているのだ。
「村に危険が及ぶかもしれぬ——」
父がつぶやく。彪刃は思わず顔を上げた。
「父上、それはどういう」
「邪魔するぞ」
突然、彪刃の背後にある戸が開いた。驚いて飛びすさる。無意識に、剣の柄に手が伸びた。
最初のコメントを投稿しよう!