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「良殿! 何故ここに」
秀人があわててその場にひざをつく。突然現れた青年は目元を細めて笑った。
「秀人、そんなに堅苦しくしなくていい。お前が頭を下げるべき相手は、俺ではなく俺の父上の方だろう」
「しかし、良殿は村長のご子息。無礼な振る舞いなど到底できませぬ」
青年——良は、思わず苦笑をこぼした。良は蘭の兄にあたる人物だ。
「秀人は硬すぎる」
「どうぞ、何とでも申してください。——それより、良殿」
父の声音が変わる。良の笑みが、すっと消えた。
「今日、わざわざここにいらした理由を、お聞かせ願いたいのですが」
「……やはり、俺が自らここに来るのは不自然か」
良が静かに問いかける。秀人は頭をたれた。
「……恐れながら」
「では、やはり良殿は村長の命でここへ参られたのですか」
彪刃は良を見上げる。良は軽くうなずいた。
(——やはり、そうか)
彪刃の中で、そんな声が上がる。そもそも、村長の息子が守村掟の家へ来ること自体、非常に稀だ。だが、村長の命なら納得できる。村長は守村掟の主であり、忍びの頂点に立つものなのだから。
「……それで、村長はなんと」
「単刀直入に言おう」
良は秀人をまっすぐに見下ろした。
「先ほどの、村に危険が及ぶかも知れぬという話は本当か」
一瞬、息が止まった。
心臓が耳元でどくり、と脈打つ。背筋が凍ったかと思われるような感覚に襲われる。
不覚だった。人の気配くらい、すぐに見抜けたはずなのに。
何故注意を怠ったのか。あのような発言——人に聞かれたら身を滅ぼすことくらい、わかっていたのに。
村に危険が及ぶ——その言葉は、言い換えてしまえば守村掟が村を守ることができない、ということだ。
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