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第十話 元の世界へ帰る意思を固めよう ~フレイヤが仲間になった件~
3人で俺の部屋に寝るようになって一週間ほど経過した。
修行と気づかれで毎日精一杯だった。
その結果、RPで部屋の中の様々な物をコントロールすることに慣れた。
完全な無意識下でのコントロールも可能となった。
「アンタあきれるほど習得が早いわね。
アタシは同じ事が出来るようになるまで1年かかったわ。
これでも天才と呼ばれてるんだけどねぇ」
「イズン師匠の教え方がうまいからです。俺なんて大した才能なんて無いですし」
「うれしいこと言うねえ。
ところで部屋の中にある照明や食器を洗う機械他、全部良く見てみな。
何か気づかないかい?」
照明器具、食器洗浄機、電話、湯沸かし器、部屋にあるありとあらゆる物を見て回った。
今まで動かすことに必死で手にとった事も無い物まで全て良く調べた。
「も、もしかして……」
「気づいた?」
「はい、全部木で彫っただけの彫刻品ですよね?」
「御名答。ぜーんぶ、ただの木の彫り物。色を塗ってそれっぽくしてるけどね」
「それじゃあ、RPを消費して明かりがついたり、動いたり、熱が出たりするのは何だったんですか?」
「良い質問ね。
彫刻品は、アナタの想像の手助けをしただけ。
そんな物無くてもイメージだけで全て作り出せるのよ。
試しに何も無い天井のアソコに明かりをイメージしてみなさい」
にわかには信じがたいが言われるようにイメージしてみた。
「す、すげえ……」
自分の力に自分で驚いた。
何も無かった天井に照明がつき光光と明かりを放っている。
「RPについて少しは解ったかしら?
自分自身の生命を維持するのも、攻撃するのも、魔法を使うのも、全部自分自身の思いなの。
それがただの思い込みか、明確な信念かで大きく変わるね。
アルス。アンタは無自覚に巨大なRPを持っているけど信念無きRPは必ずどこかで行き詰まるわ」
「わ、わかりました……。でも、俺はどうすれば?」
この世界に転生した理由もわからなければ自分の強さもわからない。
元々は氷河期でずっとくすぶって最後は無職になってしまったような人間だ。
この世界で行き詰まったら、それは死に直結するだろう。
「安心しなさい。アンタが行き詰まらないように師匠のアタシが居るんだわさ」
「し、師匠……。見た目は子供なのに俺より何倍も大きいです!」
「見た目は子供は余計よ! アンタもたいしてかわらないじゃない!」
---
ノルを預かって一週間。
あれから一度もフレイヤに会っていないのでイズン師匠に許可をもらってフレイヤを呼びに来た。
ノルも一緒に来たがったが師匠がフレイヤはどうせ家に来るんだからと許可しなかった。
二人っきりにしたらただでさえベタベタくっついてるノルが何をするかわからないから。
とのことだ。
もしかしてイズン師匠、俺に嫉妬しちゃってる?
まあ、それは無いか。
フレイヤを呼びに来たのは他でもない。
現実世界に帰るためにディシデリーズの塔を攻略するんだ。
そのために俺と一緒に来てほしいと伝えるんだ。
イズン師匠もサポート役の神官が仲間に入れば心強いと言っていた。
宿泊先に来るとフレイヤは訓練場に居ると案内された。
異世界の宿の中でも大型の場所は訓練場や回復場に温泉とギルドで働く人々のための施設が充実している。
訓練場はテニスコートぐらいの広さで中でフレイヤは訓練しているとのことだった。
「ヒール!」
フレイヤが唱えると訓練場に散らばっていた壊れた人形が一瞬で、まるで新品みたいに戻った。
人形はマネキンのようだが支えも無しに自立している。
フレイヤは、そのマネキンを手に持った槍で攻撃した。
一撃でマネキンは、またバラバラになった。
「ヒール!」
壊れたマネキンをまた元に戻した。
ずっとこんな訓練を繰り返してるのか。
この一週間ほどは俺もイズン師匠の元修行しているが、ここまでハードなことはやっていない。
その真剣な表情と一生懸命な様子に話かけづらい。
「あら、アルスじゃない」
「ひ、ひさしぶり。フレイヤ」
訓練の様子に見とれているとフレイヤに気づかれ先に声をかけられてしまった。
「声かけてくれればいいのに」
「あんまりにも真剣だったので邪魔したら悪いかと思って」
「うん。私も現実に帰るため、少しでも可能性があるならディシデリーズの塔を攻略したくて」
「そのことで話があって来たんだ」
---
フレイヤは現実世界で、職を失う前の俺の派遣先会社の社長令嬢だった。
100年以上続く古伊屋(ふるいや)家は不動産、銀行、飲食店グループとあらゆる業界でその名を轟かせる大企業だ。
古伊屋麗(ふるいやれい)は、一人娘として一般にも知られる有名人だ。
可憐で清楚、社長令嬢。
その会社に派遣されている42歳フツメン就職氷河期の俺なんて話かけることも出来ない違う世界の人間だ。
現実世界で、そんな俺にもフレイヤは平等に接してくれた。
俺が1人で大きな荷物を運ぶことになったあの日の事は忘れない。
「くそー。剛力(ゴウリキ)部長と細川(ホソカワ)の奴!」
部屋いっぱいの大量の書類の入ったダンボールをビルの一階から最上階の倉庫まで運ぶ仕事。
派遣で入って来た俺に対する嫌がらせだ。
タバコを吸わない俺が偶然喫煙所を通りかかった時に耳にした。
「なんで今度の派遣はヤローなんだよ。
しかもぱっとしない奴だしよー。
派遣で来るフレッシュな女の子だけが楽しみなのによー」
剛力(ゴウリキ)部長が喫煙所で細川(ホソカワ)に言った。
「そうですよ。アイツに嫌がらせしてやめさせちゃいましょうよ」
あの会話、今思い帰してもムカムカする。
こんな派遣先さっさと別の会社に変えてもらってもいいかもしれない。
だが、剛力(ゴウリキ)部長と細川(ホソカワ)の思い通りにはさせたくない。
意地でも辞めずにやってやる。
書類の入ったダンボールを一階から最上階まで運ぶ。
台車に積むのと下ろすのが大変だがエレベーターで上るだけなので思ったほどキツくない。
これなら一日あれば終わるな。
ダンボールを積んだ台車をエレベーターに載せようとした所。
「痛ッ!」
突然、後頭部あたりを思いっきり殴られた。
「おい! お前何やってるんだ!」
剛力(ゴウリキ)部長だ。
「何って。部長に言われた通り一階のダンボールを最上階の倉庫に運んでます」
「どうやってだ?」
「どうやってって? 台車使って運んでますが」
「バカヤロー! エレベーターは来社したお客様も使うんだぞ! 階段を使え!」
「え!そ、そんな……」
「あん? 口答えするのか?」
剛力(ゴウリキ)部長の影から細川(ホソカワ)がニヤニヤしながらこちらを見ている。
(クソッ! 嫌がらせだ! 絶対に負けるか!)
「わ、わかりました」
俺が台車からダンボールを1つ持ち上げて階段を登っていくと後ろから二人の笑い声が聞こえた。
一階から最上階の倉庫まで30階。
一往復するだけで最初は一時間かかった。
二往復目は疲労から休みながら二時間。
三往復目、四往復目といつの間にか終業時間近くになっていた。
エレベーター近くに置いてある台車のダンボールでさえ半分以上残っている。
一部屋分移動させるのに何ヶ月かかるのか……。
「ハア。ハア」
息もたえだえに台車に寄りかかった。
顔から汗が滝のように床にしたたり落ちる。
(あーあ。くだらない意地はらないで辞めちまおうかな)
その時、急に顔をハンカチでふかれた。
「すごい汗。大丈夫ですか?」
白い肌に黒い髪。
ただよう雰囲気は気品にあふれている。
「古伊屋麗(ふるいやれい)さん。すいません。高そうなハンカチが汚れてしまいます」
「私のことをご存知なの?」
「はい、もちろんこの会社のお嬢様ですから」
「ありがとうございます。あなたのように一生懸命働いてくれる方が居てパパも助かってます」
「私も手伝います。この台車をどこに持っていけばいいの?」
「い、いけません。手伝ってもらうわけにはいかないですし、その台車は使えないです」
「え? どうして?」
「いえ、なんでも無いです。俺が運びます」
俺は台車をエレベーターへと移動させた。
この会社でイジメのようなことが行われているなんてお嬢様に知られたくない。
それに嫌がらせされているなんて格好悪くて知られたくない。
「おいおい。何やってるんだよ! 台車とエレベーターは使うなって言ったろ!」
タイミング悪く剛力(ゴウリキ)部長が現れた。
「台車とエレベーターは使うなとは、どういうことですか?」
古伊屋麗(ふるいやれい)が訝しげに聞いた。
「ん? なんだ? お嬢ちゃん。この会社の者じゃないな?」
剛力(ゴウリキ)部長がそう言い終わらないうちに細川(ホソカワ)があわてて耳打ちした。
「も、申し訳ありません。お嬢様。今から一緒に手伝う所で、この者は休憩させる所だったんですよ」
剛力(ゴウリキ)部長の苦しい言い訳は通じるはずもなく、この後、始末書を提出させられたらしい。
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フレイヤはこの世界でも変わらず美しく優しい。
必ずフレイヤを現実世界に戻してあげるんだ。
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