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第一話 強くなろう ~気づいたら無職のまま異世界生活三ヶ月目だった件~
俺は42歳、無職だった。
派遣先の会社でハメられ無職となってしまったのだ。
つい三ヶ月前までの話だ。
だが、この階段を登った先の景色を見れば全て忘れられる。
階段を登ってギルドの塔の屋上へ出た。
地平線まで広がる青い空に白い雲が眼の前に広がる。
屋上から見下ろすと街の様子がよくわかる。
レンガで作られた建物に石畳の路面。
宿屋に教会に塔に城。
あたりを行き交う馬車。
甲冑をまとった門番。
「うおおおおおおおお! 異世界だああああああああ!」
思わず叫んでしまった。
あの時から毎日この場所に通っている。
この風景はいくら見ても飽きない。
おいおいなんだよ。
あの馬車。
馬並にデカイ猫が馬車を引いている。
猫馬車なんて呼ぶんだろうか?
「すげええええええええ!」
ずっと街を眺めているのに初めて見た。
毎日のように新しい発見がある。
更に遠くを見渡すと街を囲む城壁の外では大型の獣やモンスターと冒険者達が戦っている。
これぞ『THE異世界』!
俺の望んだ世界だ。
三ヶ月ほど前、同じビルに居た人々?
もしくは千代田区?
東京全域?
あるいは日本全土?
どれだけの範囲かわからない。
少なくとも俺と同じビルのフロアに居ただろう人達は、この異世界へ転移した。
元の世界の記憶を残したまま当時の服装のまま。
だが、俺だけが違った。
なぜか推定17歳さわやか水色ヘアーに青い瞳の細マッチョに転生していたのだ。
転生前は42歳フツメン痩せ型まではいいが彼女無し無職。
無職になって絶望していた所に異世界転生である。
異世界転生大成功だ。
この素晴らしい異世界に感謝していると晴天にもかかわらず突然あたりが暗くなった。
巨大な影が上空から俺のまわりを包みこんだ。
上空を見上げると思わず歓喜し叫んでしまった。
「飛空艇だあああああああああああ!」
巨大ガレオン船、ガレオンの意味はよくわからないが、とにかくデカイ木製の船が空高く浮かんでいる。
大きな影と共にゆっくりと俺の上を通り過ぎていく。
俺の大好きな科学万能要素も持った異世界だ。
地底探索や月面でのラストバトルまで想像は広がる。
神は俺の願望をかなえてくれたんだろう。
ただ1つの不満をのぞいて。
「痛ッ!」
異世界の空気を堪能していると、突然、後頭部あたりを思いっきり殴られた。
どこのどいつだ。
振り返って怒鳴りつけた。
「な、なんだ!」
勢い良く振り向いた。
が、そこには奴が立っていた。
「……なんですか」
俺がこの世界でも前のリアル世界でも最も嫌いだった奴だ。
典型的な体育会系180をこえる身長にガッシリとした体躯で典型的な乱暴者。
ゴウリキだ。
俺が最後にクビになった派遣会社の取引先の部長。
50代なのに見た目は20代でも通じるほどだった。
ゴウリキの側には案の定、あいつも居た。
この世界でもリアル世界でも、俺がゴウリキの次に嫌いな人間がニヤニヤと笑いながら言った。
「おやおや、無職君。ギルドの屋上でまたサボりですか?」
俺のこの世界での唯一の不満を的確についてくる嫌な奴だ。
ホソカワ。
ゴウリキの影に隠れて偉そうにする典型的な卑怯キャラだ。
細くて皮だけみたいにヒョロいくせに。
ゴウリキみたいに手が出ないだけマシではあるが悔しい。
「おい、水色頭。ギルドマスターが呼んでるぞ。俺は伝えたからな。いくぞ! ホソカワ」
そう言うとゴウリキはホソカワを連れて立ち去った。
リアル世界では、これでもかとボコボコにされたんだが、この少年の容姿だとやりづらいのか毎回一発殴ってきて終わる。
それになぜか頭を思いっきり殴られたが、たいして痛くなかったので腹も立たなかった。
それにしてもギルドマスターが用事とは何なんだろう?
何か悪いことをしたか?
この3ヶ月、他の人達は異世界へ転移させられたことに衝撃を受けつつもギルドで職業を持ち
ある者は冒険者として街の外でモンスターと戦い、ある者は街の中で商人や職人として立派に働いている。
俺は、毎日のようにこのギルド塔の屋上へ来ては異世界の風景を楽しみ、適当に昼寝をして、街へくり出し食い物屋を中心に見てまわる無職生活を楽しんでいる。
この街の周囲に弱い魔物しか出ないらしいのだが気になる噂があった。
運が悪いとこの世界で最強の魔獣に遭遇する。
暴走した魔獣が何体かこの世界をうろついているらしい。
怖いので念には念を入れて街の外に出ない戦法を取った。
ギルドに入った時に支度金とか言うありがたいものをもらったのだが、
この世界で宿屋に泊まりながら3ヶ月は生活出来るほどの金で、
適当に野宿でしのげば一年はいけそうなのだ。
100円パスタで一ヶ月一万円未満生活なんて当たり前。
リアル世界でも無職生活が長かった俺にとってはヌルすぎる。
と、まあ、色々ここに来てからの生活を思い返してみたが、
うん、ギルドマスターに呼び出される心当たりしか無い。
ギルドマスターの部屋は、職人ギルド『ツンフト』の塔の最上階10階にある。
つまりこの屋上を降りたらすぐだ。
確実に何かしらの注意を受けるだろうから渋々と階段を降りて部屋へ向かった。
あぁ。この自由気ままな無職生活も終わりかな。
俺だって勇者とか賢者とか、贅沢は言わないまでも魔法使いとか戦士ならちょっとはやる気出たけど。
無職ですよ。無職。
異世界に来てまで無職。
リアル世界でも若干あきらめてたが、老後もクソも無い何時死ぬかわからない異世界なら、先のことは考えずに毎日楽しく過ごそうって思っても仕方ないじゃん。
怒られる前から言い訳を通り越してあきらめの思考が展開される。
「ハァーイ! ボーイ!」
部屋に入るとギルドマスターのダイアナが手招きをしながら呼びかけてきた。
深いスリットのあるスカートから太ももをのぞかせセクシーに座っている。
長い後ろ髪は七色のレインボーカラー。
パリコレモデルかというような奇抜な服装はリアル世界で西暦3000年か宇宙世紀の最先端ファッションと言われてもおかしくない。
甘い香水の匂いに導かれるようにしてダイアナの近くまで恐る恐る近づいた。
「ハァーイ! ボーイ! 動かないでね」
ダイアナの長い指が俺の唇に当てられたかと思うと、ゆっくりと下の方へ移動してゆく。
アゴからクビ、胸のあたりギリギリ乳首をかすめて更に下へ。下へと。
甘い香水の香りで頭がぼんやりとしてきた。
ダイアナの指は、おヘソのあたりから下へ。更に下へ。下へと。
「ちょ! 待って下さい! なんですか!」
深いスリットの入ったチャイナドレスのような服に細身で巨乳。
ギルドマスターダイアナのセクシーさを愛でるために毎日通っていたと言われても否定は出来ない。
たまに今日のように俺をからかってくるエロイベントも発生する。
これで通わなきゃ男じゃない。
「あーら、つまらないわね。ボーイ!」
「ボーイじゃないですよ。アルスという名前があります」
いや、本名は「ボンジン」の凡に「田んぼ」の田で凡田
そして、「正しい」の正に五郎で、正五郎。
凡田正五郎という非常に昔風な名前なのだが。
アルスというのはゲームの主人公でよく聞く名前だ。
ゲームの主人公の名前はデフォルトのまま始めるのが俺のスタイルだったので、この世界の名前も適当にアルスということにした。
「これは失礼。アルスちゃん」
アルスちゃんって……。
「アナタには特別に専任の師匠をつけることにしたの」
「え!? 師匠ですか? 俺にはそんな金ありませんよ」
「安心してちょうだい。ギルドで負担するから無料よ」
この世界にはハロワは無いが、無職判定が出てしまった者への救済手段なのか。
家庭教師みたいなのがつくってことなのか。
ありがたいやら迷惑やら。
「さっそくだけど、この建物の一階の登録場へ行ってちょうだい。大魔導師イズン様がお待ちよ」
「わ、わかりました。さっそく」
名残惜しいがギルドマスターダイアナの部屋を後にして一階へと向かった。
大魔導師イズン。
爆裂しそうな名前からして怖そうだ。
それに、あのダイアナ推定年齢20代が「様」をつけるぐらいだから30や40では無いだろう。
どんなジジイが出てくるのか知らないがガッカリだ。
せめてセクシーなお姉さんに手とり足取り教えて欲しかった。
ギルドマスターのダイアナでもいい。
一階へ降りるとそこは何時見ても「ザ・ギルド」という感じだった。
ギルドの受付はあるものの大部分は木製のテーブルと椅子が並ぶ心踊る異世界レストランなのだ。
エールにワイン。なんだかよくわからない骨付きのデカイ肉にハムみたいなやつ。
ワクワクする食い物が各テーブルに並び冒険者や荒くれ者みたいな奴らが昼間っから呑んで騒いでいる。
300席はあろうかという席が、ほぼ満席で人が行き交うので、そうそう簡単に見つからない。
「お! あれは!」
愛しのフレイヤちゃんだ。
細身で小柄で色白で黒髪。まさにピュアを絵に描いたような美少女。
職業は神官で回復魔法が得意だったはずだ。
いつも眺めるだけで一度も話たことも無いが勝手にフレイヤちゃんと呼んでいる。
「あ、あれか?」
片目に海賊みたいな眼帯をした青いローブのじいさんが居る。
青い帽子を被っているので眼帯は見えるものの表情まではわからない。
不気味だ……。
「痛ッ!」
老人に話かけるのを躊躇していると後ろから後頭部を殴られた。
また、ゴウリキだ。
「おい、水色頭! ギルドマスターには会いに言ったのか? 俺が怒られるんだからしっかりしてくれよ」
「行ったよ。だいたい毎日毎日なんで後ろからいちいち殴ってくるんだよ」
リアル世界では全く抵抗しなかったためにどんどんエスカレートして最後はあんなことになってしまった。
思い切って反論するとゴウリキの怒りを助長しただけだったようだ。
「お前の石頭殴ってこっちも毎日毎日手が痛てーんだよ! 今日は大型のモンスター仕留め損ねてイライラしてるんだ。代わりにお前を仕留めてやろうか!?」
ゴウリキが拳を振り上げたので、とっさに身構えた。
「お? 無職のお前が戦士の俺。毎日戦って鍛えている俺とやろうって言うのか? あん?」
ゴウリキは身にまとう黄金に輝く鎧を親指で指しながら自慢げに威圧してきた。
「やっちゃってくださいよ。ゴウリキさん」
ホソカワが煽りを入れてくる。
煽りに呼応するかのようにゴウリキが叫んだ。
「オラァ!」
ゴウリキが思いっきり振りかぶった右の拳を顔面めがけて振り下ろしてきた。
が、なんだか遅い。
イチ、サン、ゴ、ナナ、キュウ、素数を数えても、まだ拳があんな所にある。
素数って何だったっけ? キュウは素数か?
拳がまったく襲ってこない。
なんだ? このザ・ワールドな感覚。
わざとか?
「おせーよ!」
お笑い芸人がつっこむみたいに平手の後ろでゴウリキの胸あたりを軽く叩いてみた。
次の瞬間、大砲のような炸裂音がしたと同時にゴウリキの巨体が後方へ吹っ飛んだ。
頑丈な岩で作られた壁に穴が空きゴウリキが瓦礫の下に埋まっている。
「だ、大丈夫か!」
ゴウリキの元にかけよると黄金の鎧の軽く手のひらで叩いた箇所はひしゃげていた。
「ひぃいいい。す、すいません!申し訳ありません!
許してください。
毎日、毎日、徐々に殴る力をあげていったのに効いてないみたいだったからムキになりました。
最近はクマをも一撃で倒す全力だったのに、まったく効いてないみたいだったから不思議で」
ゴウリキは起き上がると泣きながら土下座してきた。
「いや、そんなつもりじゃ……」
あまりにゴウリキが泣き叫び土下座するので、なんだかこちらが悪者みたいで気が引けてきた。
「ん?」
先程から背中を棒か何かでツンツンとつつかれている。
「コラ! いつまでたっても来ないと思ったらこんな所で何やってるですか?」
振り向くと、右手に赤いリンゴ、左手に俺を殴った魔法使いの杖を持った、赤い魔法使いのローブを身にまとったロリっ子が居た。
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