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「で、どうされましたか?」
「実は……自殺をしまして」
「自殺?」
と、言ったところで、パトロール出ていた部下が帰ってきた。男の後ろを通り過ぎる時、部下は「え?」と言う怪訝な顔をこっちに向けてきた。
空気を読んだ部下は「寒いですね」と普通を装いながら、開いていた交番の扉を閉めてから、奥へいってくれた。
「で、誰が自殺したんですか?」
「それは……私です」
私は目を細めた。
「しかし、あなたは生きていますよね? こうして私とお話ししています」
「自殺に……失敗したんです」
それから、彼は自殺に至った経緯をゆっくり弱い声で語り始めた。
父から継いだ小さな会社を倒産させてしまったのだと言う。
さらに、金の工面の為に友人たちに無心していたツケが祟り、次々と離れていき、ついに妻と娘とも離婚した。残ったのは借金だけになってしまったそうだ。
「もう……何にもなくなってしまって、それで……もう生きていてもしょうがないと思って、それで……自殺を決意しました」
そういった男の瞳からこぼれた涙が、悔しさで握りしめていた拳の上に落ちた。
その後、彼は昔に読んだミステリーの知識を使い、氷で固定したナイフの上に飛ぶ方法を選んだが、刺さりどころが悪く、結局自殺は失敗に終わったと言う。
「え、あの、じゃあ今……」
「はい」
男は私に背中を向けた。
ずっと彼の前だけを見ていたので解らなかったが、彼のスーツの背中には自殺に失敗した形跡のナイフが刺さったままになっていた。
さっきの部下の表情の理由を私は察した。どうやら血は止まっているようだが、
「早く治療しないと! きゅ、救急車を呼びますね!」
と、私が備え付けの電話の受話器に手を取ると
「いえ、違うんです!」
と、彼が強い力で受話器を取ろうとした私の手を掴んできた。
「でも、早く、病院に行かないと! お話は、また後でも……」
「ですから、違うんです。あの……私にはもう、生きる気力も希望もありません。でも、もう一度、自殺しろって言われても、この痛さを知ってしまったから、もう怖くて、死ぬ勇気も出ません」
男は「ですから……」と言って、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「『だくだく法』で私を死んだことにできないでしょうか?」
「だくだく法って? あなた、本気ですか?」
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