不可解な電話

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不可解な電話

 時間はまだ数秒しか経っていない。という事は、俺が一人になった時に、相手側が電話を取ったのか。 「もしもし」  スピーカーのまま、俺は声を出す。今までの仮説は聞かれてはいないから、心配した男が連絡をかけてきたと相手は思っているはず。そして幸いなことに、今俺は一人。相手にこちら側の情報を、これ以上一切渡さずに済む。 「悪いな、寝てたわ。宿題を見せるって言ってたのに、すまん」  そしてこれは、勝率の悪い賭けだ。  あいつを連れ去った犯人が、この電話の向こう側にいると仮定する。そしてその相手が、あのメールを一切知らないという状況下で、ようやく意味を成す賭け。  ただし負けてもそこまで被害は出ない代わりに、勝てば宝のような情報が手に入る。  引っかかれ。少しでも声を出せ。せめて男か女か、周りの環境音でも何でもいい。新しくて、それでいて確実な情報を落とせ。 「何、言ってるの? 私は、宿題を見せてなんて言ってないわよ?」  けれど電話の先にいたのは、犯人でも何でもなく。真帆の声そのものだった。 「真華、か?」  声の張りからして、緊張状態には陥っていない。声音も震えておらず、いつも通りの彼女の声だ。  それでも、まだ警戒を緩めない。万が一、本当に万が一の可能性があるから、わざと名前を間違えて問う。 「私の名前は真華じゃなくて、真帆です。そんな事も忘れちゃったの?」  この質問にも、きちんと答えた。間違いない、名前だけではなくフェイクも指摘したこの電話口の少女は、確かに幼馴染の真帆だ。  ようやく、一つため息がつけた。こうして声を出せる状況にいて、それでいて緊張も恐怖も感じていないならば、今の所彼女は安全なのだろう。 「真帆、お前今どこにいる? 一体何でこんな夜中に、助けてなんてメールを送ってきた?」 「今は家に帰る道の途中、後数分もすれば戻れると思う」  電話の向こう側から、風を切る音が聞こえる。歩きではなく、それでも走るまでにはならない程度の速度、大体早歩き程度であいつは移動している。他の足音も聞こえない事からも、本当にあと少しで帰って来れるのだろう。  だが、問題はここからだった。 「けど助けてなんてメールは、私送ってないよ?」 「は?」  思わず、素の声が出る。 「いや。たすかてって本文で、件名なしで送って来ただろ?」 「いや、送ってないよ」  なんだ? なんでここでズレが生じるんだ?  ほんの微かな違和感を抱いて、俺は窓を閉めて階段を下りていく。リビングで話し合っている四人の元に通話は繋いだまま駆け寄り、指で静かにのポーズをしながら、紙に今までの事を書き出していく。 「とりあえず、帰って来い。今どこら辺にいる?」 「うーんと。もう家が見え始めているよ?」 「おっけ。なら俺が今から外に出るから、通話は切らずにいてくれ」 「分かった」  見つかった。今通話している。捜索はしなくていい。帰ってきたら、話を聞いてあげてくれ。  そんな箇条書きのメモを書いて、そのまま俺は家を飛び出す。 「あっ! いた!」  するとすぐにそんな声が聞こえて、あいつが走って近寄ってくる。いつもと何も変わらない、いつも通りの俺の幼馴染。  その自分よりも低い頭を軽く叩くと、驚いたように顔を上げてこちらを見る彼女。 「何で叩かれたか、分かってるよな?」 「で、でも!」  そう弁解しようとした彼女、しかしその次の言葉を言わせずに、俺は手を握って家の中に引き入れる。 「話は後で聞くから、今はとりあえずお前の両親に謝っとけ。めっちゃ心配してたから」  そこには泣きそうな顔をした彼女の母親と、肩を震わせ怒りを何とか抑えているのが丸分かりな彼女の父親が立っていた。 「真帆さん。あんまり親を心配させるもんじゃないぞ」  うちの父親がそう言って、母親と一緒に出て行く。それに続いて俺も家を出て、玄関の扉を静かに閉めようとする。するとこの後に待っているであろう説教を予想した彼女が、泣きそうな顔をしてこちらを見たが、それには一切答えず。 「明日、また学校で」  そう言って扉を閉めて、隣の自分達の家へと帰る。 「おい」  家に入ってすぐに呼び出された父親に、素直に応じて俺はリビングに入る。母さんがここにおらず、寝室に戻っていったところを見ると、どうやら二人だけで話をしたいらしい。  対面するように椅子に座ると、父親が早々に切り出す。 「お前から見て、真帆ちゃんはどうだ?」 「どう、とは?」  分かりきっている質問に、あえて言葉を投げ返す。今目の前にいるのは自分の父親ではなく、一人の警察官。  つまりこれから話す内容全て、今回の事件の手がかりとして警察に情報として記録される。無論正式な書類になる事はないだろうが、それでも父親の記憶には残るだろう。  だから相手がまだ掴んでいない、それでいて流すとまずそうな情報を選別させる為に、こうして聞き返す。 「正直、誘拐されたにしては落ち着きすぎている。それに本来誘拐ならば、こんな簡単に真帆ちゃんが家に帰って来る訳がない」 「ええ、確かにその通りです。通常誘拐されたならば、必ず相手側から反応がある筈。けれど今回それが一切なかった。だから俺もあいつは、何か事件に巻き込まれた訳ではないと考えています」  自分の肯定に、目の前に座る父親が頷く。 「ならば、真帆ちゃんが自分の意思で、あそこから出て行ったと思うか?」  その質問には首を即座に横に振り、否定の意を示す。 「それも、薄いかと。確かに彼女一人であそこから飛び降りて外に出る事は可能ですが、それを実行する動機が見当たりません。あの時間に外に出る事自体が、この問題の一番不可解な点です」 「独りで出る動機もない、理由もない。なのに、誰かの手によるものには見えない。一人で出たと仮定すれば話は通るが、状況的にはどう見ても連れ去られたとしか思えない」  ここが、この問題の最大の矛盾点だ。  一人で出たとしか考えられないのに、その理由は見当たらず。他者の手によるものだとするのならば、あまりにも痕跡が無さ過ぎる。 「悪魔の証明だな、これは」 「確かな情報さえあれば、全ての悪魔の証明は明らかにする事が可能です。それに今回はあまりにも情報が少なすぎる為、悪魔の証明の様な難解な問題に見えているのだと思います」  大きく息を吐いて、警察官から親の顔に戻る父親。それと共に俺も言葉を崩し、ぴりっと張りつめた空気が消え、いつも通りの家族の雰囲気が戻ってくる。 「俺は明日、真帆ちゃんの両親に話を聞きに行く。お前も真帆ちゃんに何があったのか、本人から話を聞いてあげてくれ」 「最初からそのつもりだよ、親父」  そうしてこの話は終わりを迎え、外が静かに明るくなり始めた中、俺達は僅かな眠りについた。
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