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始まり
ふと、目が覚める。
今は何時だとベッドに置いているスマホを手にして確認すると、まさかの深夜三時。まだ真夜中なのに起きてしまったのは、昼間馬鹿みたいに寝てしまったからだろうか?
「ん?」
そうではない。ふと通知欄を見ると、一件のメールが入っていた。
どうやら俺はベッドの上に置いておいた、スマホの振動によって起きたみたいだ。
「こんなアホな時間にメールをよこすのは、どこの誰だ」
そう言いながらも、送り主が誰なのかはすでに分かっている。今時もっと簡単にやり取りが出来るアプリがあるのに、一々メールを使ってやり取りをしているのは一人しかいない。
メールを開くと、そこにはいつも通り幼馴染の名前がある。ただいつもならば件名もきちんと入力している彼女にしては珍しく、今回は件名が空欄のまま送られてきた。
「なんだ?」
別に朝になってから確認してもいいのだが、また明日ぐちぐち言われるのも面倒くさい。仕方なくメールを開くと、本文に一行だけ。
「たすかて」
そう書かれていた。
「は?」
一気に思考が覚醒する。ぼんやりしていた頭が、いきなり冴え渡る。
すぐに登録されている数少ない電話番号の中から、彼女の電話番号に連絡をかける。その間に普段着に着替えて、外に出る時に必要な一式を身に纏う。
「なんだよ、早く出ろよ」
階段を駆け下りて靴を急いで履き、玄関に置いてある懐中電灯を握り締める。その間もずっとコール音はしているが、彼女が電話に出ない。
すぐに玄関を開けて鍵を閉め、隣にある彼女の家のベルを連打で鳴らす。頼む、出てくれと願いながら。
「はいはい、どうした?」
すると明かりがつき、中から彼女の親が顔を出す。おお、久しぶりと呑気に声を出す彼女の父親に一礼して、そのまま中に滑り込む。
「すいません、夜分遅くに失礼します!」
彼女の両親には俺の両親が共働きという事もあって、随分お世話になっている。小さい頃は良く食事を一緒に頂いた仲だ、だからこうして俺が家の中に入っても、そこまで驚かずに後をついて来てくれる。
自分の家とは違う螺旋状の階段を駆け上がり、二階の奥にある彼女の部屋へと真っ直ぐに向かう。ようやく起きてきた彼女の母親と父親が見守る中、俺は鍵のない彼女の部屋のドアを勢いよく開ける。
「大丈夫か!?」
けれど、そこには彼女の姿はなく。
開け放たれた窓から差し込む風によって、ひらりひらりと舞うカーテンが、最悪の状況を痛い程教えてくれていた。
「まほ? おい真帆!」
ここで両親も異変に気が付いたのか、部屋の中に入って彼女の名前を叫ぶ。けれど答える言葉はなく、ただ両親の声だけが反響する。
その間にも俺はすぐに彼女の部屋をくまなく探し、彼女のスマホが無い事を確認。コール音がしている自分のスマホをスピーカーにして机に置き、窓の縁や部屋の中を確認する。
「荒らされた痕跡は無し。玄関に靴があったから、この窓から飛び落ちたことになる」
彼女の身体能力ならば、可能だろう。運動神経が抜群である上に、窓の外はコンクリでもないただの芝生の庭。受け身を取れば二階から飛び降りたとしても、そこまで怪我をせずに外に出れる。
「つまりあいつは、自分の意思で出て行った?」
思考を展開する。何にもない自分が、ただの凡人である自分が、唯一持つ飛び抜けた能力を使って仮説を生み出し続ける。
「けど、それは違う。あいつは俺に助けてと打とうとしていた。打ち間違いが起こる程切迫した状況? 連れ去られたといった方が妥当か?」
彼女の両親は、ぶつぶつ一人で喋っている自分に何も言わず、彼らに出来る事をしてくれている。たまに彼らの前でこうやって考え込むことがあったからか、変に突っかかって来ないでくれるのが助かった。
「ただ連れ去られただけではない。あの打ち間違いは、振動によるもの? ならば背負われたのか? それとも、車両で移動させられている?」
湧き出る様に仮説を生み出しては、それは違うと裏付けを持って可能性を削っていく。
「車両は、無いな。だったら誰かが気が付くし、音で両親や俺が目を覚ますはず。なのにそれがないって事は、人の手で連れ去られた? けれどそれだったら相手は、二階の窓から侵入してきたことになる。なにも無い庭から、一体どうやって?」
梯子を立てたような形跡は、芝生の凹みからも見当たらない。
「目的はなんだ? 行き先はどこだ? あいつに深い恨みを持つ人間なんていない、なら誰が何のためにあいつを連れ去った?」
駄目だ、ここまでは行けた。けれど、ここから先に進むためには情報が足りない。
いくら仮説を作り上げたとしても、ここからは実体のない虚構を組み上げるだけの作業になってしまう。
情報を探せ、頭を動かせ。欠陥だらけのこの体は、こういう時の為にあるんだろう?
「くそったれ、ここまでが限界か」
それと同時に、彼女の両親と俺の両親が部屋に入ってくる。
「警察には、一応連絡を済ませた」
茫然としている彼女の両親の肩を抱いている母親と、鋭い眼光で俺を見る父親。
「それで、何か分かったか?」
「まず、あいつは何者かに連れ去られた可能性が高い。相手はこの二階の窓まで何の足がかりも無しにやって来れる存在であり、多分あいつを担げるだけの体格のいい男。予測だけど複数犯の可能性はなくて、単独犯である確率が極めて高い。この部屋に荒らされた痕跡のない事実、そして車の音が聞こえなかった事から、ここまでは導いた」
「十分だ、と言いたんだが。どこに連れ去られたかは、分からないか?」
「ああ、分からない。ここから先は、情報が無さ過ぎて妄言になっちまう」
「分かった、助かる」
そう言って、警察官である俺の親父は、父の顔ではなくすっかり警官の顔に変わる。
「真帆さんは誘拐された可能性が高いと思われます。これより捜索を開始しますので、彼女が行きそうな場所があったら教えてください」
そうして四人は、これからの話をする為に一階に降りて行った。そんな中、まだ情報が見つけられるかもしれないと一人で部屋に残った俺は、いつの間にかスピーカーのコール音が消えている事に気が付く。
急いで黒くなった画面をタッチすると、通話画面に変わっていた。
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