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キサラギ・サラの部屋
数日後の休日、僕らは三人そろって、寮母さんの案内の下、サラ先輩の部屋を訪れていた。
全校での黙とうはあったものの、いくら親しかった先輩の為でも学校を休んでお葬式には出席出来なかったので、今日がその代わりだった。
部屋の中で、十字を切り、胸中で祈りをささげる。
今にもドアを開けて、「あら、ようこそ」とサキ先輩が戻って来る様な気がした。
それは、何の変哲もない様な、けれど永遠に失われた日常。
切なさに身を切られる様な思いで、僕らは部屋の中の様子を目に焼き付けた。あと少しすれば、命の残り香がたゆたうこの部屋も片付けられてしまう。
窓際には、小さな観葉植物が置いてあった。柔らかい陽光を受け、ぴんと葉を張っているのが、なんとなく健気だった。
僕らの――というかカルフの大人しさ(彼のやんちゃぶりは学内どこでも有名だった!)に戸惑っていたらしい寮母さんに、
「あれはどうするんですか」
と僕が訊いた。
「私が引き取ろうかと思ったけど、日比野君に返した方がいいかねえ」
「あれ、日比野さんからのプレゼントだったんですか」
「そうよ。サラちゃん、それは大事にしていてね。窓を開けて風を当ててやることはあったけど、水をやり過ぎると腐ってしまう草らしくて、雨に降り込まれないように気にしてたわ。あの子、目が不自由だったでしょう。ティールームなんかにいても、雨の音がする度に、部屋へ急いで戻っては窓際へ行って、窓が閉まっているか確認していたの」
カルフは、嫉妬も混じっているらしい、なんとも複雑な表情で寮母さんの話を聞いている。
僕はそれに構うことも出来ず、続けて訊いた。
「目や耳が不自由な人って、他の感覚が鋭くなるって言うじゃないですか。先輩はそんなことありましたか」
寮母さんはなぜそんなことを聞くのか不思議そうにしたけど、少し考えて、
「そうねえ。音にはけっこう敏感だったみたい。例えばテーブルを叩く音がしても、それがラジオの中のことなのか、その場で実際に叩かれたのか、なんてのはまず間違えなかったねえ」
「そんな生活だと、気が休まることもあまりなかったでしょうか」
「ああ、弱い睡眠薬を常備してるって言ってたね。気苦労は多かったと思うよ。あたしたちに出来ることも、限りがあるしね……」
他にも生前のサラ先輩のことを少し訊いてから、僕らは寮母さんにお礼を言い、サラ先輩の部屋を出た。
中等部の寮への道を歩きながら、僕は考えをまとめていた。
証拠と呼べるものは何一つない。
そんなものがあったら、警察がとうに「彼」を連れて行っているだろう。
もちろん、そう遠くないうちにそんなことになるのかもしれないけれど。
ただ、僕の中では、プール棟で起こった出来事がどんなものだったのか、確信が出来上がっていた。
自殺。他殺。彼女の死は、どちらに類するべきなのだろう。
彼女の生と死の尊厳を、より守るためには、その死に何と名付ければいいのだろう。
自殺というには、悲し過ぎる。
他殺と呼んでしまえば、醜く過ぎる。
木枯らしが、色を失った葉を一枚、傍らの木立ちからもぎ取って、中空を舞った。
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