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 ひっそり、というのはなかなか厄介で、私は胸の中で日々膨らみ続ける甘い風船を持て余し始める。あれは本当に十川君だったのだろうか。もし気づいていたとしたら、なぜ大胆な無視をしたのだろうか。いくらでも湧いて出る疑念に焦らされるようになって、ついに私の心に火が付いた。この関りが偶然でも必然でも、たったそれだけのことだと言えばそれまででしかない。なのにどうしたって十川君のことが気になって仕方がない。さらさらと揺れる黒髪と爽快な笑顔が、ずっと頭の中心部にあった。  私は口実に悩んだ挙句に、結局何の問題もない掛布団を新調することを思いついた。前回と同じネットショッピングのページを開き、散々吟味して、来週木曜日の午前中に届くように注文した。     だから十川君はその荷物を持って、木曜日の10時になる少し手前でインターホンを鳴らしてくれた。 「はい」  私の声は少し上ずってしまう。 『こんにちは、宅配便です。大きいお荷物届いてます』  十川君は画面の中で荷物に半分埋もれながら、爽快な笑顔をこちらに見せてくれた。 「はい」  その時なにか、実態のない温かさが胸の中にじんわり染み渡った。  この爽快な笑顔に会いたかったのだと強く思い知った。  彼から掛布団を受け取って、手のひらに乗せられた紙にシャチハタを押すと、温かい弾力が返ってきた。ほこほこの肉まんのような温かさと湿った河童手だ。紙越の私の指先にも、その体温と弾力がむせ返るほど芳醇に伝わっていた。今までの私は一体、どうして普段通りの私でいられたのだろう。どんな顔で、どんな態度で、十川君の手のひらにシャチハタを押していたのだろう。
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