【第二章】高田善治

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【第二章】高田善治

1  僕が高1の初秋、高田善治は初めて僕の前に姿を現した。いや本人が言うには、僕が小学5年生の時にも一度、家に訪ねて来たことが有るそうだが、僕は全く覚えていない。確かにあの時、そう、近所で起こった脱線事故の後、地元警察の男が訪ねて来た記憶だけは残っているが、それが今、目の前にいる刑事と繋がるほどの明瞭なものではなかった。  「君は深田君とは一番仲が良かったと、担任の・・・」  そう言うと刑事は手元の手帳を開いた。そしてメモを左手でなぞりながら続けた。  「・・・森田先生! そう、森田先生がそう話してくれたんだけど、間違い無いかな?」  「はい」  僕の隣でかしこまって座っている母が心配げに質問した。  「あのぅ・・・ 息子が何か?」  「いや、何というわけではありません。彼、深田君のお友達にお話を伺って回っているだけです。定型的な確認だとお考え下さい。私の様な年寄りは、こういう事件性の無い案件に回されるんですな。あっはっは」  そう言って老刑事は笑った。  「で、深田君に関して、何か気になる様なことは無かったかな? いつもと違うとか、変なことを言っていたとか・・・」  「最近、僕は夏彦と話をしてもいません。家に行っても、逢ってさえくれなくて」と僕は答えた。  「ほぅ、それはどうしてかな? 喧嘩でもしたのかい?」  「いえ、別にそういう訳では・・・ あいつ、中学に入ってから変わっちゃって・・・」  「つまり、引き籠りになった、ということかな?」  幼馴染みを『引き籠り』という無慈悲な単語で一括りにすることは、僕に罪悪感をもたらした。同時に、自分の親友をそんな残酷な言葉で形容する、配慮の無い刑事に怒りを感じた。僕はその刑事から目を逸らすと、曖昧に頷いた。  「彼はどうして引き籠る様になったんだろう?」  「判りません」  目を逸らしたまま小さな声でそう言った。刑事は一瞬、探る様な眼差しを僕に向けたが、直ぐに「ふむ」と言って、何かを手帳に書き留めた。その時、僕の口から勝手に声が出た。  「あの・・・ 夏彦は遺書とか残さなかったんですか?」  何故そんなことを訪ねてしまったのか、僕にはいまだに判らない。思わず口を突いて出てしまったとしか言いようが無かった。刑事の目が怪しく光った。  「それは教えるわけにはいかないんだよ、渓一君。ほら、よくテレビの刑事ドラマとかで言うだろ。捜査上の機密ってやつさ」  刑事は冗談めかして言ったが、その手帳を閉じる間際に、渓一の名前の下に太く濃い線を二本書き加えたことに、僕は気付かなかった。  「そうですか・・・」僕は力なく答えた。  そんな高田が、何故僕の前に再び姿を現したのか? しかも、11年もの歳月を経た後で。僕の心がザワザワと怪しげな風に波立つのを感じていた。
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