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その一方で、エルクだけは驚くほどに変化していない。
幼い頃のラナの記憶と比べても、まったく遜色がないと思えるくらいに。
彼の特異さについて、祖父は何か言っていただろうか。
あるいは両親は…記憶を手繰るが分からない。
葬儀屋嫌いのラナは家業の話など興味はなく、ろくに耳を傾けなかった。
いや、率先して耳をふさいでいたと言ってもいいくらいだ。
だから、エルクのことは単に保存状態が良いだけくらいに考えていたが、それとももしかすると祖父は、エルクにだけ何か違ったことをしたのかもしれない。
そう、例えば、新しい画期的な防腐の手法とか…
いずれにせよ、それが魔法の類でないことだけは確かだ。
だってもしも祖父が魔法使いとか魔術使いとか、その手の何かであったなら、もっと暮らしを楽にするような魔法を使ってくれてもよさそうなものではないか。
祖父、ヒル・クロアが、その生涯をしがない葬儀屋として生きたところをみても、魔術とは縁もゆかりもないといって間違いない。
しかしエルクのことを考えると、ラナは魔術の存在を信じたい気持ちになる。
だってもしも魔法なら、それを解けばエルクは………なんて。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
ランプの灯を吹き消すと、ラナは隣を見る。
すぐそばに横たわっている同室メイドのカティは、すでに眠っている。
ベッドに入った時、ラナが本を読むために点けているランプの光がまぶしいと、カティには散々文句を言われたが、日中の激務による疲労は、あっという間に彼女を眠りに引き込んだらしい。
今は規則正しい小さな寝息が聞こえてくるだけだ。
ベッドは同室者と共用だ。
下級使用人のほとんどは、一人用のベッドを二人で使うことになっている。
狭いけれど、文句はない。
実家だと、これより数段ひどい環境で眠らなければならないからだ。
隙間風と冷気、寝相の悪い家族たち…挙げればキリがない。
分厚い魔術書をそっとベッドの下に置くと、ラナは仰向けになる。
木組みがむき出しの天井をぼんやりと見つめていると、また一つ大きなあくびが出た。
……もしも。
もしも、あの本に書かれていることが本当で、エルクが死んでいなかったら…?
またそんなことを考えている自分に、ラナは苦笑する。
そんなこと、いくら考えたところで絶対にありえないのに。
現実がおとぎ話ほど甘くも容易くもないということは、ラナ自身、生まれた時から嫌というほど理解している。
真っ当に生きていれば幸せになれるわけでもなければ、必ず報われるわけでもない、ということも。
いたずらに湧いた期待を打ち消しながら、ラナは吸い込まれるように眠りに落ちた。
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