3話

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 けれど、ラナとしては、自分の美しい話し相手が腐敗しないことは大歓迎だったし、そもそも祖父がエルクに対して一時的に天才的な能力を発揮したのかもしれないとさえ思っていた。 つまり、処置の方法がすこぶる良かったのだと。 もちろん今もそれを信じている。  しかしその一方でラナは、魔法でも何でもいいから、自分が恋をした王子が死体ではないことを願う気持ちも心の奥底で持ち続けていた。  彼の端正な顔から目を離すと、ラナは棺を調べ始める。 ガラス蓋と棺の接地面を確認するが、特に釘などで固定されているわけでもない。  押したり引いたりと動かしているうちに、厚く重いガラス蓋はガタガタと音をたてながら、ラナの手に押されるままに開いた。  二人の間に隔てがなくなると、ラナはエルクに手を伸ばす。 もしかしたら、わずかに触れただけでも彼の体は崩れてしまうかもしれない。  許可を求めるようにエルクの顔を一瞥してから、その頬にそっと指を触れた。  しかし、数秒も確認しないうちに、ラナはそれを離した。 彼の肌には、生者のような温もりも柔らかさもまったくなかった。  滑らかだが硬く体温の感じられない皮膚は、紛れもなく死人の感触そのものだ。 その事実は、今までラナの頭を占領していた黒魔術という淡い期待を一瞬で消し去った。  こんな状態で、鼓動なんてあるわけがない。 エルクの左胸を見つめながら、ラナはそれを確かめるか迷う。 頬に触れた感触で、彼が間違いなく死人であることは確信した。  それでも、エルクの心臓に手を置いてみないことには、ここへ来た目的を果たせていないことになる。 仮病を使い仕事を休み、カティに嘘の理由を告げてここまで来たのだ。  ラナは怖々とエルクの左胸に手を置いた。 黒魔術か否かを確認する方法は、鼓動の有無を確かめること。 死者なら鼓動はない。生きていれば…  耳を澄ませるように全神経を手のひらに集中させた。 鼓動が、ある……?  ラナは驚いてエルクの顔を見た。 再確認するために、もう一度目を閉じて手のひらに意識を向ける。 すると、彼の心臓が鼓動を打つ感触が感じられた。 弱く微かだが、確かに。 「嘘…」  ラナは目を(しばたた)く。 「エルク…?もしかして、生きてるの…?」  魔術書に書かれていたことが真実だったことに驚くよりも、エルクが生きているかもしれないという期待が心に湧き上がる。  ラナは、持ってきた黒魔術の本に飛びつくと、急いでページをめくった。 この本には魔術のかけ方だけでなく、解き方も載っていたはず。
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