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とりあえずもう二、三軒だけ聞いて切り上げようと、ラナは行き交う人の流れに沿って歩き出す。
ここがだめなら近隣の他の市場まで足を伸ばして…
「…ユレムの葉を探しているのか?」
背後から声をかけられた。
驚いて振り返ると、暗色のフードを被った小柄な老婆と目が合った。
農夫のように焼けた褐色の肌に、色抜けして白っぽくなった金髪、鷹のように鋭い目つきとそこに収まる色素の薄い瞳が、ラナを値踏みするように見つめている。
ラナは小さく頷いた。
「はい。あなたは…知ってるんですか?ユレムの葉のこと」
「ああ」
その答えに、ラナは期待を込めて二つ目の質問を向ける。
「それじゃあ、ニーグの角は?」
「もちろん知っている」
ラナは黒魔術を解くのに必要とされていた材料名を、覚えている限りで告げた。
老婆はそのすべてを知っているという。
「どこで買えますか?私、その全部を探してて…」
老婆が鼻で笑った。
「徒労だ」
「え…?」
「その手のものは市場なんぞには売っていない。そもそも、これらの名前自体、知らない方が普通だ」
市場には売っていない?その言葉にラナは困惑する。
「じゃあ、どうすれば…?」
「そこらには出回っていないが、私はお前が必要とするすべてを持っている」
「持ってる?あなたが…?」
確認するように尋ねると、老婆は深く頷いた。
「あの、それなら…少しだけ分けて頂けませんか?」
ラナは頭を下げて頼み込む。
これらの材料を手に入れないことには、先に進めない。
「どうしても必要なんです。言われた額を払うので…ていっても、あんまり高いと出せないけど…」
一応、持ち金はそれなりにある。
今までメイドとして働いて貯めてきた全財産が。
老婆はラナを見つめると、口を開いた。
「それが欲しいのか。欲しいのならやってもいい。…だが、何に使う?」
「それ、は…」
ラナは言いよどむ。
黒魔術を解きたいと正直に話すべきだろうか。
目の前の魔女然とした老婆なら、それが通じるかもしれない。しかし…
「…わけありか。いいだろう、ついて来い」
躊躇して口ごもっていると、老婆は背を向けてさっさと歩き出した。
ラナの葛藤を汲んでくれたのか、それとも理由にはそれほど興味がないのか、あるいは気が短いのかもしれない。
ラナは慌てて彼女の後を追う。
「オルビナ・レッジ」
「え?」
「私の名だ」
人ごみの間を縫うように歩きながら、老婆は名乗った。
「私は…ラナ・クロア」
返事として、ラナも自分の名を告げる。
多くの人でにぎわう市場を、ラナはオルビナについて歩いた。
そこで初めて、オルビナが不自然な歩き方をしていることに気づく。
左足をわずかに引きずって歩いていた。
怪我か、あるいは病気の後遺症だろうか。
想像するに留めて、ラナは彼女の後ろに続いた。
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