涙ぐんだジェインは窓の外を見つめた。
過去を思い出しているのだろう、そのまなざしは遠い。
少し間を置くと、彼女は鼻を啜り、小さくため息を吐いた。
そしてロシュアの方に向き直ると、弱々しく微笑する。
「…お話を遮ってしまいましたね、申し訳ありません。続きをどうぞ」
ロシュアは、メネスカル家が招待状を売った事実をジェインに話した。
目を丸くした彼女の顔には、驚き以上に羞恥の色が浮かんでいる。
「―…そして、その招待状で参加された女性が、ヴェリカ・メネスカル嬢の名を名乗られたのです」
「それは大変なご無礼を…申し訳ありません」
うろたえながら、ジェインはテーブルに額がつきそうなほど深く頭を下げた。
「本当に失礼なことを…あの家の方々が経済的に苦しいことは、傍からみても明らかですが、まさか招待状を売るなど…心から非礼をお詫びいたします」
平謝りする彼女をロシュアは慌てて制した。
「頭を上げて下さい。この話をしたのは、問題を表沙汰にしたいからではありません。別の理由があるのです」
実際、メネスカル家は招待状を売っただけで、それ以外の事には無関係だと言っていた。
それに、こちらの被った被害について、そもそもジェインは何の関わりもない。
「それで…ヴェリカ様のお名前を名乗られた方が、何か…?」
「いえ、本当に心配なさるような話ではないのです。実は…先日の祝宴で、そのヴェリカ嬢を名乗った女性の美しさが、にわかに話題になったんです。それで、彼女と知り合いになりたいと思った男が少なからずおりまして…それもあって、その美女の正体を突き止めるために、私が捜し歩いているんです」
ロシュアは虚偽の理由を話した。
案の定、事態が想像したような悪いものではなかったことに安堵したのか、ジェインはやや相好を崩す。
“祝宴の晩に新当主が殺されかけた”などと話せば、彼女はきっと卒倒するだろう。そのための判断だった。
それにあの晩、ヴェリカ・メネスカルを名乗る令嬢の美しさが話題に上ったのは事実だった。
何人かの男が気を引こうと話しかけたものの、すげなくあしらわれたとも。
玉砕した男達の話を聞いて、ロシュアもその令嬢に目を留めた。
そして、彼女がエルクの事ばかり見つめているのに気づいた。
その異様な熱心さと表情の固さが気になったこともあり、彼女のことは記憶に残っていた。
その正体がラナだと知った時には、さすがに驚きを隠せなかったが。
謎の美女について、ジェインはしばらくの間、当てを探すように考え込んでいたが、やがて首を横に振った。
「申し訳ありません。私ではお力になれませんが…早くその方が見つかるといいですね」
「ありがとうございます。ちなみに…あなたはオルビナ・レッジという女性をご存知でしょうか?」
さほど期待はしていないが、少しでも彼女についての手掛かりが欲しかった。
あの晩、煙のように消えたオルビナについては、未だ何も分かっていないためだ。
「オルビナ・レッジ…ですか」
再び考え込むジェインに、ロシュアはオルビナの特徴を添える。
「小柄で、足が少しお悪い、ご高齢の婦人なのですが…」
彼女は眉根を寄せると、黙って宙を見つめていたが、諦めたように肩をすくめた。
「…記憶力には自信があるのですが…どうにも、そのようなお名前は伺ったことがございません。その方は一体…?」
「いえ、彼女はヴェリカ嬢を名乗る女性の付き添いとしていらっしゃった方です。何か、令嬢の正体に辿りつく手がかりになればと思ったのですが」
「そうですか…けれど、そのようなお名前の方は存じ上げません。…お役に立てず申しわけないですが」
ジェインは恐縮そうに、深々と頭を下げた。
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