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3話
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黒魔術なんて馬鹿げてる。そんなもの信じるわけがない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
けれど、あの本を読んでから一週間後、ラナは再び貧民区の実家に戻ってきていた。
体調が優れないことにして、仕事は休ませてもらった。
だから表向きは自室で寝ていることになっている。
同室メイドのカティの協力を得て、ラナはこっそりと屋敷を抜けてきたのだった。
そのカティには、“想い人が訪ねてくるからどうしても会いたいのだ”と説明した。
とにかく、一刻も早くエルクを調べ終えて、屋敷に戻らなければならない。
もしも嘘がバレたら、クビになるだろう。
前回の休暇から、ほとんど間を空けずに帰ってきたラナを見て、両親は仰天しつつも心配したようだった。
辞職したのか解雇されたのかと、しつこく尋ねてくる父と母を押しのけ、ラナは慌ただしく墓地の鍵を取ると、家を出た。
真冬の寒さに一つ身震いし、外套のえりをきつくかき合わせると、いつものようにフードを目深に被った。
白い息を吐きながら、迷路のような細い路地を小走りで駆け抜ける。
ラナが戻ってきた目的は、もちろんエルクの鼓動の有無を確かめることだ。
あんな本を信じるなんて、本当に…どうかしてる。
黒魔術の本を入れた布袋に恨めし気な視線を送る。
こんなものに振り回されている自分が苛立たしい。
そう思うものの、あの本を読んでからラナは“もしもエルクが生きていたら…”という考えに四六時中、頭を占領されるようになった。
まるで何かの魔力に取り憑かれたかのように。
そのせいで仕事にも身が入らず、何度怒られたかしれない。
もともとミスをしがちな性格なのに、このうえ妄想癖まで身に着いたら…そう遠くないうちに屋敷を追い出されるにちがいない。
ジオランの厳めしい顔が脳裏をよぎり、ラナは震え上がる。
とにかく、この邪悪な妄想を一刻も早く追い払うには、エルクの鼓動を確かめるしかない。
そして速やかに屋敷に戻り、ベッドにもぐり込むのだ。
墓地の最奥に建つ小屋の中に入ると、ラナはランプに火を入れた。
静かな室内で呼吸を整えながら、エルクの棺のそばに膝をつく。
かじかんだ手で棺を覆う黒い布をそっとめくると、見慣れた彼の美しい顔が現れる。
ラナはじっと目を凝らし、エルクの端正な顔に命の片鱗を探した。
だが、当然見当たらない。
しかし同時に、朽ち果てていく兆候も見えない。
まるで、彼だけ時が止まっているようだ。
エルクに施された防腐処置の持ちが良すぎることには、以前から引っかかるものがあった。
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