3話

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***  黒魔術なんて馬鹿げてる。そんなもの信じるわけがない。 そう何度も自分に言い聞かせた。  けれど、あの本を読んでから一週間後、ラナは再び貧民区の実家に戻ってきていた。 体調が(すぐ)れないことにして、仕事は休ませてもらった。 だから表向きは自室で寝ていることになっている。  同室メイドのカティの協力を得て、ラナはこっそりと屋敷を抜けてきたのだった。 そのカティには、“想い人が訪ねてくるからどうしても会いたいのだ”と説明した。  とにかく、一刻も早くエルクを調べ終えて、屋敷に戻らなければならない。 もしも嘘がバレたら、クビになるだろう。  前回の休暇から、ほとんど間を空けずに帰ってきたラナを見て、両親は仰天しつつも心配したようだった。  辞職したのか解雇されたのかと、しつこく尋ねてくる父と母を押しのけ、ラナは慌ただしく墓地の鍵を取ると、家を出た。  真冬の寒さに一つ身震いし、外套のえりをきつくかき合わせると、いつものようにフードを目深に被った。 白い息を吐きながら、迷路のような細い路地を小走りで駆け抜ける。  ラナが戻ってきた目的は、もちろんエルクの鼓動の有無を確かめることだ。 あんな本を信じるなんて、本当に…どうかしてる。  黒魔術の本を入れた布袋に恨めし気な視線を送る。 こんなものに振り回されている自分が苛立たしい。 そう思うものの、あの本を読んでからラナは“もしもエルクが生きていたら…”という考えに四六時中、頭を占領されるようになった。 まるで何かの魔力に取り憑かれたかのように。  そのせいで仕事にも身が入らず、何度怒られたかしれない。 もともとミスをしがちな性格なのに、このうえ妄想癖まで身に着いたら…そう遠くないうちに屋敷を追い出されるにちがいない。 ジオランの厳めしい顔が脳裏をよぎり、ラナは震え上がる。  とにかく、この邪悪な妄想を一刻も早く追い払うには、エルクの鼓動を確かめるしかない。 そして速やかに屋敷に戻り、ベッドにもぐり込むのだ。  墓地の最奥に建つ小屋の中に入ると、ラナはランプに火を入れた。 静かな室内で呼吸を整えながら、エルクの棺のそばに膝をつく。 かじかんだ手で棺を覆う黒い布をそっとめくると、見慣れた彼の美しい顔が現れる。  ラナはじっと目を凝らし、エルクの端正な顔に命の片鱗を探した。 だが、当然見当たらない。 しかし同時に、朽ち果てていく兆候も見えない。 まるで、彼だけ時が止まっているようだ。  エルクに施された防腐処置の持ちが良すぎることには、以前から引っかかるものがあった。
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