5話

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「旦那様、あの、私…」 どうすれば、と問う前に、伯爵が口を開いた。 「…彼の家、ウォーレンルース家と我がレイディル家は、代々主従の関係だったのだ。長年、レイディル家は、ウォーレンルース家に仕えてきた属家だった。しかし、今から50年ほど前にウォーレンルース家は途絶え、主従の関係もそこで切れてしまっていたのだが…」  フェルン伯爵は、エルクが消えた方向へと目を向けた。 「ウォーレンルース家の後継者が再び現れたのなら、我がレイディル家も再びウォーレンルース家に仕えることに…」 「父さん!だからといって、あんな横暴がまかり通るはずがない!」 ロシュアが珍しく語気荒く、伯爵に抗議する。 「私としても異論はある。だが、ウォーレンルース家は我が一族の主だ。彼がこの屋敷に戻ってきた今、すべての決定権は彼にある。よって私がそれを覆すことはできないのだ」 「でも、あんなやり方…」 「ロシュア」 伯爵はなだめるように息子の名前を呼ぶ。 「今でこそ、レイディル家は名家と呼ばれているが、その礎にはウォーレンルース家の存在がある。我が一族の資産の多くと、この屋敷は、ウォーレンルースから譲り受けたものだ。当家の繁栄を継いで今のレイディル家がある。しかし、彼が戻ってきた以上、我が一族は再び属家として彼の家に仕えることになる。これは、永きに亘って守られてきた両家の掟だ。それはお前もよく分かっているだろう」  ロシュアは口をつぐむと、行き場のない怒りを吐き出すように大きく息を吐いた。  張りつめた空気の中、伯爵はラナに視線を向けると、神妙な面持ちで言葉を継ぐ。 「この決定は、私としては大変心苦しいものだが…残念ながら異論を唱えることはできない。だから、すまないが…」  雇い主であるフェルン伯爵にそう言われては、何も言えなかった。 唯一の慰めは、この決定がフェルン伯爵一家の本意ではないということだけだ。 「急なことで本当に申し訳ない。まさか、こんなことになるなんて…」 この事態を精神的に処理しきれていないのだろう、伯爵の瞳にはまだ動揺の名残が見えた。  こんな事態を引き起こしたのは、他ならぬラナ自身なのだが、しかし、引き金を引いた彼女とて、こんな顛末は予想だにしていなかった。 「君が望むなら他の屋敷で働けるよう推薦状を書く。それと、退職金も出そう」  伯爵の言葉は、次から次へとラナの頭を通り抜けていく。 退職金。謝意の意味を持ったその金が、この申し渡しの揺るぎなさを表していた。 「…短い間でしたが、お世話になりました」  ラナはようやくそれだけ口にすると、伯爵とロシュアに頭を下げる。 本音としては、そんな見舞金なんかより、なんとか屋敷に残れるよう取り計らってほしかった。  しかし、突然この屋敷に現れたエルクの一言で、ラナの首はいともあっけなく飛んだのだ。 これこそがレイディル家とウォーレンルース家の力関係だと察すれば、ラナが涙ながらに雇用継続を訴えても、聞き届けられるはずもない。  自室に戻り手早く荷物をまとめると、ジオランとメイシェル、そして同室メイドのカティに別れを済ませ、ラナはそっと屋敷を出た。 小さなカバンと、退職金を手に。
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