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「もういい」
「いったいなにがいいのですか?」
「おれはもういいと、そういったんだ」
「なぜですか」
「りゆうなぞ、きくまでもないだろう!」
カメはいつものように怒ります。
固い甲羅のように、がちがちに固まった心をウサギにぶつけます。
「どうせおれは坂の上になんて辿りつけやしない。はじめからむりだったんだよ、ああばかなことをしたもんだ」
「どうしてそんなかなしいことをいうのですか」
「かなしみではない、これは怒りだ」
「ちがいます。かなしいのです」
「おれは怒っているのだ!」
「わたしは、かなしんでいます。カメさんとともにいけないことが、かなしくてしかたありません」
そういってウサギは泣きました。
いつものように、泣きました。
だけど今日は、怖くて泣いているわけではありません。
かなしくて、さみしくて泣いているのです。
「どうしてウサギが泣くのだ」
「カメさんが泣かないから。だからかわりにわたしが泣くのです」
道の脇に生えている草むらから、露が一滴、風に乗ってとんできました。
そしてそれは、カメの上にぽつりと落ち、一筋の滴となって顔を伝って流れました。
ぽたりと地に落ちた水滴をながめ、カメはずんと心がおもくなりました。
垂れてきた頭から、もう一粒の滴がふたたび地面へ染みをつくります。
ああ、そうか。おれはかなしいのだな。
カメはじぶんのこころに気がつきました。
ウサギがいつもいつも泣いているのは、誰かのこころをおもって、いっしょにかなしくなったりさみしくなったりしているからなのでしょう。
泣き虫のウサギは、本当はこころのやさしいウサギなのだと気がつきました。
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