後日談

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後日談

 同窓会から二週間が経った頃。実家から一人暮らしのアパートへと戻った私は、すっかりいつもの暮らしを取り戻していたが、同窓会前と違う点が一つだけあった。 「待った?」 「おう、待った」 「そこは『全然待って無いよ。今来たとこ』とか言うとこでしょ!?」 「あのなぁ。初めて付き合うわけでもあるまいし。それに俺達もう三十路……」 「早く行かないと! 映画始まっちゃう」 「いいよ、遅れたら遅れたで次まで時間潰せば。とりあえず行くけどな」  そう言って島崎は、私の手を握って歩き始めた。彼の手は、雨の中握られたあの時とは比べ物にならないくらい、温かい。  同窓会の三次会(?)で、梅原君と島崎のどちらを選ぶのか選択を迫られたけれど、あの時の私にどちらかを選ぶことは出来なかった。  それはそうだ。あの場でどちらかを選んでいまら、どれだけ気まずい空気になっていたことか……。あの時は後日メールなり何なりでそれぞれに報告するということで、あの後三人で楽しく(?)飲んでお開きにしたのだった。 「まさか俺を選ぶとはな……」 「まだ言うの? それ。そんなに自信無かったんだ?」 「そりゃそうだろ。あの頃お前は梅原に告白しようとしてたんだし、同窓会行ったら行ったで、中学の頃みたいに意識しやがって……」  僅かに口を尖らせる島崎。最後がちょっと苦情みたいでおかしい。 「何がおかしいんだよ。笑うな」 「ゴメンゴメン。あのさ、島崎の「お前」呼び嫌いじゃないけど、改めて付き合い始めたわけだし、下の名前で呼ばない?」 「な……!? じゃ、じゃあお前から言えよ」 「真人(まこと)。はい、どうぞ?」 「か……(かなめ)」  真人は湯気が出そうなくらい顔を赤くして、片手で口元を覆った。どうやらこれは、照れた時の癖らしい。 「何でお前はそんな余裕なんだよ! 憎たらしいなぁ」 「あ。また『お前』に戻った! 今度からお前って言ったら罰金千円ね?」 「何でだよ!!」  真人にこんな可愛い一面があるなんて、あの頃は知らなかった。確かに梅原君は恰好良くて、同窓会で会った時もあの頃と同じように憧れたけれど、それを二度も真人の一途な気持ちに邪魔されるなんて。  他人の手紙を勝手に読んで、その上私を脅す人を選ぶなんて――と、あの頃の私は思ったかもしれないが。  映画の上映に間に合った私達は、他作品の予告が流れる中、人の少ない後方の席を選んで座った。 「本当にあの頃の私達、何も無かったって思ってる?」 「ん?」  真人の思案気な横顔を、私はじっと見つめる。 「あぁ、もしかして……これ?」  真人はグイッと身を乗り出して顔を近づけた。 「やっぱり覚えてたんだ……」 「当たり前だろ。あの頃は後ろめたかったからできなかったけどな」  三次会で真人が全てを暴露した時、ショットガンのグラスを持つ彼の手が、僅かに震えていたのを私は見逃さなかった。真人はあの時、私に嫌われる覚悟で全てを暴露し、謝罪をしてくれたんだと思う。無理してキツいお酒を飲んだのが、彼の恐怖を物語っていた。  卒業後に自然消滅したのも、自分のしたことの後ろめたさからだったかもしれない。付き合ったのは強引だったけれど、いつも真人は私の気持ちを考えてくれていた。あの時キスしなかったのも、同窓会で付き合っていた過去を黙っていてくれたのも、三次会で手紙の事を謝ってくれたのも……。  真人がちゃんと私の気持ちを考えてくれていたのが、何よりも嬉しかった。だから私は、梅原君よりも真人を選んだ。 「今は後ろめたい?」  小声で訊くと、 「いいや、全然」  そう言って真人は、ゆっくり唇を重ねる。映画館の暗がりの中で、私達は手を握りながら、キスを繰り返す。それはまるで、あのバス停での続きを十五年越しに仕切り直すかのように……。  同窓会でふいに訪れた私のモテ期は、邪魔な恋人によってすぐに収束した。来年のお盆には真人と一緒に帰省できるといいなと、私は彼の手をギュッと握り返すのだった。 ~Fin~
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