5.戯曲『Tのユウウツ』

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5.戯曲『Tのユウウツ』

智大、弥生(やよい)(りょう)、年齢の近い3人。このメンバーでよく飲んでいる。 いつもの割烹居酒屋。話題は智大の彼女の話。 弥生「彼女できたんだよ(智大を指差す)」 亮「マージーでー?」 智大「……」 亮「どんな子? 可愛い?」 弥生「しかも二十歳」 亮「ハタチ?! もしかして大学生? ないわー」 智大「俺だってない……」 弥生「自分でないとか言うなよ。瑞希ちゃんがかわいそー」 亮「瑞希ちゃんて言うの?」 智大「お前には知られたくなかった」 亮「なんで! 俺とお前の仲じゃん!」 智大「なんか……嫌だ」 亮「っんだよ、それ。で? どんな子?」 弥生「目がおっきくてキラキラしててね、ハキハキしてしっかりした良い子だよ」 亮「大学生なんてなんの話するの?」 弥生「精神年齢は前田君の方が低いかも」 智大「おい」 弥生「学生を謳歌してるね。見て、この前フェス行った、って(スマホの画面を亮にみせる)」 智大「なんで弥生さんが持ってるの」 弥生「え? 瑞希ちゃんが送ってくれた」 亮「おー、可愛いじゃん。友達も可愛いなぁ。人数多いなぁ。これ、お前は誘われなかったの?」 智大「無理だろ……。誘ってくれたけど、この中に……俺が? 無理」 亮「いかにもリア充って感じだよな。彼女」 智大「(亮を睨みつける)」 弥生「前田君はさ、最後に彼女がいたのいつなのよ」 智大「いつ……? 専門のとき?」 亮「それ6年くらい前ってこと?」 智大「そうだけど」 亮「そんなストイックなことしてたの?」 智大「真面目に働いていて何が悪い」 亮「信じられないなぁ」 智大「俺だって自分の店が持ちたいの!」 亮「そうだったの?」 弥生「そういえば、瑞希ちゃんて何学部って言ったっけ」 智大「経営学部だったけど……」 下手にスポット。 中華鍋を振るトモヒロ、腕組みをし考え込むが、入口の向こうのお客の気配に気づくミズキ。 トモヒロ「へい、らっしゃい!」 ミズキ「いらっしゃいませ!こちらのお席へどうぞ!」 トモヒロ「(鍋をふる)」 ミズキ「ねぇ、うちの店のコンセプトってなんなのかなあ」 トモヒロ「コンセプト?」 ミズキ「だってメニュー多すぎない? いや、なんでも応えられるっていうのはいいと思うけど。それから昼も夜もやる必要ある? なんなら出前も仕出しもやっちゃってるよ」 トモヒロ「それはお客さんの要望で」 ミズキ「でもそれ流されてるだけになってない? 稼ぐためには忙しくしないといけないとはおもうけど、なんか忙しさがややこしすぎるというか、何でも屋でいいのかなぁ。ほかと差別化する必要があるんじゃないかなぁ」 トモヒロ「……よくわからん。はい、お待ち!(器に中華鍋のチャーハンを移し、台に置く)」 智大「ちょっと待て!どうして中華なんだ」 亮「え? イメージ?」 智大「お前、同じ仕事してるはずだよな……」 下手スポット消える。 亮「いーじゃん、いーじゃん! 超お似合いじゃん! はい、きまりね」 弥生「お似合いだけどさ、……重い。重いわ」 智大「俺だってそんなこと考えてないし!」 亮「あ、そう?」 弥生「だって大学生でしょ? 結婚の“け”の字もなければ、将来の“し”すらないでしょ」 亮「でも、前田、いくつだっけ?」 智大「今度27」 亮「別に考えたっていい歳だよね?」 智大「だから考えてないって」 注文していた焼き鳥と唐揚げが来る。店員に飲み物の追加をそれぞれが注文。 弥生「そういえばさ、この間店長と面談した時にね、あの二人はつきあってるのかって聞かれた」 智大「えっ」 亮「あの二人って」 弥生「だーかーら、前田くんと瑞希ちゃん」 亮「なんで」 弥生「知らない。え、付き合ってることみんなに言ってるの?」 智大「まさか! 瑞希ともそういう話に」 亮「なんでバレてんの。こいつはそんなバレバレの態度なの?」 智大「(ショック)」 弥生「いや、そんなことは……。あの店長、なんか勘がいいんだよね。この間も、なんだっけな、そんなこと気づいてたのって思ったことがあって」 亮「……(ハッと何か思い出す)」 智大「それで、店長にはなんて答えたんですか」 弥生「さあ、わかりません。て」 智大「よかった」 弥生「信用してよ。亮君、どうしたの」 亮「そうだー。聞いた話思い出した。青柳(あおやぎ)店長はさ、そっち行く前は本部にいたじゃん。その前はさ、うちの店にいたんだよ。そのときにさ、身内で不倫騒動起こして……」 智大・弥生「は?」 亮「それで懲罰人事的に本部に異動にさせられたんだって……。で、相手はすぐ退職して青柳店長も離婚。って、うちのおばちゃんが言ってたの思い出した」 智大「なんだそれ」 弥生「それってさ、ほとぼりが冷めたから現場に戻ってきたってこと?」 亮「若い頃から人当たりが良くて色々気づく人で、すぐ店長候補になるような人だったっていうから、人材としては取っておいたって感じ? あ、離婚も2回目で、1回目もなんだったかとか……」 弥生「何それ、すごいね」 亮「公私ともに色々すごい。前田も前言ってたよな」 智大「(うなずいて)すごい。店長が変わってから、すごく売上が上がった。それに、店の雰囲気も変わった」 弥生「前の橋本店長なんか、毎日チーフとバチバチですごいやりづらかったもんね」 亮「だって弥生さんに直で聞いてくるってことは、その辺の人間関係も把握してるってことだろ?」 三人とも黙る。沈黙を破るようにして弥生が喋る。 弥生「前田君、目をつけられたんじゃない?」 亮「俺もそう思う」 智大「……誰が? 俺が?」 再び沈黙。 智大「瑞希ってこと?」 弥生「恋愛にうつつを抜かしてんなよって」 亮「それに男女のことだ。気をつけるに越したことはない」 智大「えっ、目をつけられるって、そういう意味で? それはないだろ」 亮「彼女可愛いよ」 智大「ちょっと勘弁して。だって店長いくつだっけ?」 弥生「40過ぎだったと思うけど」 智大「半分でしょ?」 弥生「でも今は独身」 下手にスポット。中に男女二人。 ミズキ「店長って対応もスマートだし、言うことはビシッと言うし、みんなに一目置かれててすごい! ああいう人って憧れるなあ」 テンチョウ「タカギさん、いつも一生懸命働いてくれてありがとう。この店がうまくいっているのも、アルバイトと言えども君が店の一員として頑張ってくれているからだよ」 ミズキ「そんな風に私のこと見てくれているんですか? 私、もっと役に立ちたいです! 店長! もっと色々なことを教えてください!」 テンチョウ「いいよ、もちろんだよ。あんなこともこんなことも、もっと色々なことを教えてあげよう。こっちにおいで」 ミズキ「あぁ、店長……」 智大「何だこれ!! やめろよ! 悪ノリしすぎだろ!」 下手のスポット消える。   弥生「いや、彼女真面目でしっかりしてるし、ああいう仕事のできる人を好きになっちゃうというのはありそう」 智大「ほんと勘弁……」 亮「気をつけないと食われるよ」 智大「下品なこと言うなよ!」 智大のスマホに瑞希からの着信。席から少し外れて電話に出る。 亮「あいつ、楽しそうだな……」 弥生「そうなの。完全にはまっちゃってると思うの」 亮「いいことだ、いいことだ。これでしばらく前田で美味い酒が飲める。ところで弥生さんは?」 弥生「聞かないでくれる?(笑顔)」 智大、席に戻る。 智大「……瑞希が、皆さんによろしくお伝えくださいだってさ」 弥生「良い子だねぇ」 亮「前田にはもったいないな。(店員に向かって)すいませーん」 弥生「今日は前田くんのおごりね」 智大「なんで」 亮「いや、当然でしょ」 メニューの追加の注文をする声と共に照明はフェードアウト。 fin.
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