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2.ウサ耳
「えっ、働いてるの? 社会人と付き合うのって大変じゃない?」
友人に付き合い出した彼のことを話したら、そんなことを言われた。
そういえば別の友人が、働いてる年上の彼と付き合っていたけど時間と価値観が合わなくて別れた、という話をしていたのを瑞希は思い出した。
確かに時間は合わない。
朝「おはよー」とラインしたものに返事が返ってくるのはいいとして、その後は何を送っても返ってこないし、夜にならないと既読すらつかない。
瑞希としては空き時間は智大のことを考えていたいので、暇さえあれば送ってしまうのだが、向こうの休憩時間はそうもいかないのだろうか。
〝三限、休講だったの ラッキー〟
〝お昼はたらこスパゲッティを食べました〟
〝(写真)〟
〝おいしかった〟
〝智大さんのつくったパスタも食べたいなー〟
〝お店じゃなくて、今度うちでつくってほしいです!〟
智大と同じレストランでバイトをしていて、彼の働きぶりを身近で見ていたとはいえ、いざプライベートを共有しようとすると、一日の時間の使い方については全く理解をしていなかった。
〝帰りに虹が出てたよ!すごいキレイだった〟
〝(写真)〟
〝帰ったらレポートをやらないと……締め切りがヤバイので〟
〝明日はシフト入ってるので、ヨロシクオネガイシマス〟
〝今日も一日お疲れ様でした。〟
この画面、なんていうか……。
瑞希のメッセージが10あったとしたら、智大からのメッセージが1……あればいい方で、毎日ほぼ瑞希自身の言葉だけで画面が埋め尽くされている。
これだけ見ると、私だけが好きみたい。
一日の終わりにベッドの上で虚しさを噛み締め、スマホの画面とにらめっこしていると、着信があった。
「っ、もしもし?」
『寝てた?』
「ううん、まだ起きてた」
『声聞きたくなったから』
ウサギの耳がピンッと立ったみたいに気持ちが立ち上がる。
私だけじゃないんだよね?
「ねえねえ、ライン見た?」
『見た。虹すげーな』
「すごいでしょ。久しぶりに見たよ」
『レポートは終わったのか?』
「うーん……まだ」
『がんばれよ』
「うん……、ねえねえ」
『何?』
「毎日こんなにたくさん送って……正直ウザイ?」
『は? 何が?』
「ライン」
『……別に?』
別に、か。
瑞希は立った耳がしおれたような気持ちになった。どちらでも構わないというような言葉に思えた。
「じゃあ、これからはやめるね」
急に萎えた瑞希の声のトーンに、智大も気づく。
『は? 何? 楽しみにしてるのにやめるの?』
「やめないよ!」
反射的に瑞希は返答した。
やはり智大は言い方が良くない。わかっていてもその言葉に気分が左右されてしまうことは、自分でも気づいている。それなのに、「楽しみにしてる」なんて言われたら、急浮上するに決まっているではないか。
「毎日しまくるからね!」
『どっちなんだよ』
また耳が立ったウサギは、元気を取り戻したのだった。
fin.
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