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3.彼女のシニヨン
ローソファに並んで一緒にテレビを見ているはずだった。智大の視線がテレビを向いていないことに瑞希は気がついた。
見つめられている……訳ではなく、瑞希の頭の後ろに視線が注がれている。
「何?どうしたの?」と横を見ると、「ちょっと、動くな」と顔を前に向かされた。
瑞希は少し厳しい声に「はいっ」と姿勢を正して前を向き直すが、首筋に視線を感じてしまい、テレビの内容は頭に入ってこなくなってしまった。
「これどうなってんの?」
「これって?」
頭の後ろのものをトントンと突く振動が伝わって、智大が何のことを言っているのかがわかった。
「お団子?」
瑞希の頭の後ろで1つにまとめられたシニヨンを、智大は興味深そうにまじまじと見つめていた。
「どうやって止まってんの?」
「ゴムで……」
「ゴムだけで?」
「うん……」
「へぇ」
今日のデートのために昨晩念入りに研究した髪型だった。どうにかふわっとゆるっといい感じにならないかと、ヘアアレンジのサイトを巡り、ピンを使ってみたりバレッタを使ってみたり悪戦苦闘した結果、ゴム1つでシニヨンを作るアレンジに辿り着いた。
出掛ける前は完璧に決まったと思った髪型も、デートを終えて部屋に戻ってくれば形が崩れていてあまり見てほしくない。
「解体してもいい?」
「えっ?!」
予想外のことを言われ、反射的に智大の顔を見ると思い切り目が合った。しかし恥ずかしくなって顔を背けた。
「いいけど……」
「むこう向いてて」
解体ってどういうこと? と瑞希が思っていると、シニヨンからすーっと少しずつ毛束が抜き取られていくのがわかった。
少しずつ、ゆっくりと形がなくなっていくような感覚を後頭部に感じる。智大は真剣にシニヨンを崩すのに集中しているのか、「ねぇ、なんかしゃべって」という瑞希の願いも無視された。
これ、ちょっと……
髪の毛を触られるのは気持ちがいい。
首筋の何も覆われていない無防備な部分は、妙に真剣な視線、近づく手の体温やはらりと落とされる自分の毛先を敏感に感じてしまう。
……心臓に悪い……。
流れが止まってしまった時間の中で、瑞希は次に智大と目が合うのを待った。
fin.
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