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またしばらく歩いていると、ピエールの鼻がぴくりと動きました。
「ローズマリーの匂いがするな」
言ったあとで、ピエールはなにかを思い出すようなうっとりした目つきになって言いました。
「ローム家では、じゃがいもとローズマリーのソテーが、よく食卓に並んでいたなぁ」
「ほほう、それはおいしそうですね」
シャルルの言葉に気をよくし、ピエールはおしゃべりを続けました。
「食事の時間になると、エレーヌは自分のとなりの小さないすに俺を座らせるんだ。そのいすはエレーヌが赤ん坊の頃に使っていたいすでさ。言ってみれば、俺はエレーヌのおさがりに座らされているわけだ。おかしいよな、俺はエレーヌがわけもわからない赤ん坊の頃から、ずっとエレーヌのことを見守ってきたって言うのに。
とにかく、そうやってエレーヌのとなりに座った食卓には、ちゃんと俺の分のお皿も用意されていて、そこにチキンのクリーム煮とかラタトゥイユなんかがきちんと一人前盛りつけられるんだ。
そして、俺が食べ終わると──もちろん、俺はほんとうには食べないが──皿にのこった料理は、パパのおなかに消えるって仕組みでさ」
「きみはずいぶん大切にされていたのですね、ピエール」
ピエールはもう一度フン、と鼻を鳴らしました。
「だけど、いまはこのザマさ。ほんとうに大切にするというのは、いつだって自分の胸から離さずに、抱きしめていることだろう。こんなふうに、冷たい雨風にさらして知らん顔するなんて、結局俺のことを大切になんてしていなかったのさ」
シャルルはそれにはなにも答えずに、黙って歩き続けました。ピエールも黙りこみました。
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