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Ⅱ
シャルルの腕のなかで、ピエールが尋ねました。
「それで、あんたはどこへ行こうとしているんだい、シャルル・ド・ラング?」
「散歩をしているだけです。こんなすばらしい春の日には、散歩をするにかぎります」
「あてもなく?」
「散歩とはそういうものです」
シャルルとピエールは、おだやかな日の光を浴びながら、アルメリアやライラック、クレマチスなどが揺れる畦道を、黙って歩きました。
畦道はひたすらまっすぐ続いており、春の陽気のせいでしょうか、かげろうが立ち上っていました。そのかげろうに、ピエールたちの行く道の先はゆらゆらと揺れ動き、はぐらかされるようでした。
「なんて恐ろしく長い一本道だろう!」
ピエールはたまりかねたように叫びました。シャルルの腕の中で、ピエールの体がぶるりと震えました。
「散歩なんていうおそろしいことは、もうやめよう!」
シャルルはなだめるように言いました。
「なにもこわいことなんてありませんよ。わたしは歩きながら、ふるさとの思い出にひたっているのです」
シャルルのおだやかな声の調子に、ピエールは少し落ち着きを取り戻すと、ひとりごとのようにつぶやきました。
「ふるさとねぇ」
「ええ、ふるさとはいいものです。ちょっと立ち止まりたくなったときに、誰にも遠慮せずに訪ねていくことのできる、秘密の隠れ家みたいなものです」
「俺にはそんなものはないね」
ピエールがフン、と鼻を鳴らすと、ピエールの耳が素早く動き、破れた耳からのぞく綿がシャルルの鼻先をくすぐったので、シャルルは思わずくしゃみをしました。
「風邪かい?」
「いいえ」
シャルルは微笑んで、首を振りました。

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