1/5
56人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

 シャルルの腕のなかで、ピエールが尋ねました。 「それで、あんたはどこへ行こうとしているんだい、シャルル・ド・ラング?」 「散歩をしているだけです。こんなすばらしい春の日には、散歩をするにかぎります」 「あてもなく?」 「散歩とはそういうものです」  シャルルとピエールは、おだやかな日の光を浴びながら、アルメリアやライラック、クレマチスなどが揺れる畦道を、黙って歩きました。 10132ac9-d62e-496f-b2ff-c0849b619f4e    畦道はひたすらまっすぐ続いており、春の陽気のせいでしょうか、かげろうが立ち上っていました。そのかげろうに、ピエールたちの行く道の先はゆらゆらと揺れ動き、はぐらかされるようでした。 「なんて恐ろしく長い一本道だろう!」  ピエールはたまりかねたように叫びました。シャルルの腕の中で、ピエールの体がぶるりと震えました。 「散歩なんていうおそろしいことは、もうやめよう!」  シャルルはなだめるように言いました。 「なにもこわいことなんてありませんよ。わたしは歩きながら、ふるさとの思い出にひたっているのです」  シャルルのおだやかな声の調子に、ピエールは少し落ち着きを取り戻すと、ひとりごとのようにつぶやきました。 「ふるさとねぇ」 「ええ、ふるさとはいいものです。ちょっと立ち止まりたくなったときに、誰にも遠慮せずに訪ねていくことのできる、秘密の隠れ家みたいなものです」 「俺にはそんなものはないね」  ピエールがフン、と鼻を鳴らすと、ピエールの耳が素早く動き、破れた耳からのぞく綿がシャルルの鼻先をくすぐったので、シャルルは思わずくしゃみをしました。 「風邪かい?」 「いいえ」  シャルルは微笑んで、首を振りました。  
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!