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 彼は源さんと皆に呼ばれていた。源さんは、小さな商店街の隅にある小さなタバコ屋の番を任されていた。彼の懐が深いことは誰もが認め、彼に会いに来るためだけにここを訪れる人も少なくなかった。  ある時、道端で遊んでいた子供のボールが店の前まで転がってきたときは、わざわざ外に出て拾ってやった。  またある時、通りすがりの大学生が悪態をついてきたときも、彼はみじんも気を悪くした様子はなかった。お返しに彼に優しい目で見られた学生は、ばつが悪くなってしまった。もごもごと口の中で憎まれ口を叩きながらタバコをひとつ買っていったのだった。  今年で19になる源さんは無口だったが、その暖かな目は全てを受け入れ許しているような包容力を持っていた。  このタバコ屋には客が絶えなかった。もっとも客といっても、そのほとんどはタバコを買うこともなく、彼に話をして満足して帰っていくのだった。それでも彼は、小言ひとつこぼさなかった。ただ客の話に耳を傾け、時には(うなず)き、時には(うる)んだ瞳で同情するように少しうなだれて見せたりした。  もしかすると飲み屋とかの方が彼の特性が生かされ、金に結び付いたかもしれない。だが、彼はここのゆったりした時間の流れが気に入っていたし、何より、このタバコ屋を経営しているお婆さんの力になりたかった。  このお婆さんは彼の恩人であった。彼は幼くして両親と離ればなれになり、身寄りをなくしてしまったが、そこをこのお婆さんが引き取ってくれたのだ。彼はその大恩に報いたかった。
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