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この日も、一人の女性が彼の元を訪れた。よく晴れた心地よい昼下がりであった。
「源さん、今日もいい天気だね。」
彼は顔をあげ、嬉しそうな表情を見せる。
「ちょっと聞いておくれよ。」
そう言いながら、ハンドバッグをなにやらまさぐっている。源さんは灰皿をすすめる。
「ありがとう。いつもながら気が利くね。息子にも見習ってほしいもんだよ。」
お婆さんと源さんは少し首をかしげた。彼女の息子さんはとてもいい子で、彼女自身、自慢の息子だとよく話していた。
「あの子ったら最近、中学に上がったろ?それからどんどん態度が素っ気なくなってきたんだよ。悪い子とつるんでるんじゃないかって、あたしゃ心配だよ。」
源さんは柔らかな顔をする。
「なんだい、その顔は。心配ないとでも言いたげだね。」
源さんはゆっくりとうなずく。
「まあ、これも、年頃ってやつなのかねぇ。」
カウンターに肘をつけ、半身でタバコをふかしていた女性は、視界の端の源さんに動きが無いことに気付いた。
「あらぁ。寝ちまってるよ。こんないい日じゃ仕方ないねぇ。」
それを聞いてお婆さんは少し動揺した。彼は営業中に居眠りなんてしたことがなかったのだ。その様子を見た女性は源さんの口元に手をかざした。どうやら息をしていないようだ。
「ちょっとお邪魔するよ」
彼女はあわてて店の裏口から入り、背中に耳を当てたり、もう一度口元に手をかざしたりした。心配そうに見上げるお婆さんに、彼女は悲しそうに目を伏せ首を横に振って見せた。
「もうお年だったからね。10年以上もありがとうね。」
お婆さんは、源さんの頭を愛しそうに撫でながら、目に涙を浮かべてぽつりとつぶやいた。
老犬はカウンターに顎をのせ気持ち良さそうに眠っていた。商店街の人々は、代わる代わる集まって来ては、その姿を見て静かに悲しみに浸った。
源さんは死してなお、この商店街を暖かい空気で包んでいた。
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