第1話

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第1話

 放課後、四時間程度のバイトが終わりすっかり日が暮れ、辺りは宵闇に包まれている。自宅まではさほど遠くは無い道のりだが、私の住む地域は都会とは言い難く、夜道を照らすものは空に浮かぶ星々と黄金色に輝く月だけだった。 「今日は満月か……」  煌々と闇夜に輝く月は、暗い夜道ではとても頼りになる。薄ぼけた優しい月明かりの中にいると色々な不安事が溶けていくような、そんな感じがする。  しばらくの間ぼーっと月を見上げているとさぁっ……と冷たい風が頬を撫でる。視線を前にやると自転車に乗った男が勢いよく走っていき、見えなくなった。その様子を見て早く帰らなければ、とハッとする。  再び歩き出し、数分程たっただろうか。私はある違和感を感じていた。 「誰か、いるの……?」  足を止めて振り返ってみても誰もいない。だが、先程からずっと誰かが私の後をつけているような気がするのだ。私が歩き出せば足音も同じようについてくる。止まるとぴたっと足音が止む。  そういえば最近はテレビでよく、通り魔事件や失踪事件が取り上げられている。まさかとは思うがその類だろうか。  私は頭を振って、その思考を消す。足を早めると後ろからついてくる足音も早くなる。す背筋に冷たいものが当てられたような嫌な感覚が抜けない。胸の奥から恐怖が湧き上がり、心臓がどくどくと脈打つ。  私はついに走り出した。こつこつ、こつこつ後ろから続く足音も早くなる。走っても走っても家は見えて来ず、足音も途切れない。 焦燥感と恐怖だけが募っていく。  不意に腕を掴まれ、狭い路地裏へと引きずりこまれる。強い力に為す術もなかった。 余りの恐怖に叫びそうになるとガっと手で口を塞がれる。 「……静かに」  見えない暗闇の中から低い声で囁くように言われたその言葉を理解する前に、先程までいた大通りに少年のような若い声が響いた。 「あっ、見つけたーっ!」  刹那、何者かの呻き声と鈍い音が響く。突如起きた事態に状況が飲み込めないでいると、ひょこっと茶色い髪の少年が顔を出した。 「終わったよー」 「ん、お疲れ〜」  気づけば掴まれていた腕は解かれていて身動きが取れるようになっている。大通りに出て見た先には猫のような耳を生やした茶髪の少年の隣に、背の高い燃えるような赤い髪の青年が立っていた。 「え、えっと……貴方達は一体……?」  恐る恐る尋ねると彼らは顔を見合わせ、茶髪の少年は口元に手を当てながら迷ったように、赤髪の青年は堂々として答えた。 「え、うーん……、人狼……かな?」 「オレは吸血鬼だよ〜」  予想外の言葉に目を丸くしていると茶髪の少年が口を開いた。 「その、話すと長くなるんだけど……取り敢えずここは危ないから俺達に着いてきてくれないかな?」  困ったように眉をひそめて、琥珀色の双眼でこちらを見つめてくる。頭に生えている耳もしゅんとしたように少し垂れている。 「なんかこっちの世界に来ちゃったみたいだしね〜、まぁ着いてこなくてもいいけどさ。あんたの自由にしなよ」  赤髪の青年は面倒くさそうに頭の後ろで手を組みながら言ったかと思うと、戸惑っている私を置いてそそくさと歩き出した。 「え、ちょっと……!」  赤髪の青年は振り返ることも無く歩いて行く。茶髪の少年は頭を掻きながら溜息をつき、心底申し訳なさそうに私に謝罪してきた。 「ごめんね、ロートは自由だから……」 「いえ……大丈夫です」 「そっか、じゃあ君の為にも今は俺に着いてきて?」  こくりと頷くとほっとした顔をして、少年は歩き出した。彼の腰あたりからは尻尾が生えていて歩く度にゆらゆらと揺れている。彼は時々私の方を振り返り、居ることを確認して進んでいく。
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