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しばらく歩くと、彼は不意に止まった。目の前には古民家のような小さな平屋があった。
「着いたよ。中に入って」
キィと軋んだ音を立ててドアを開き、中に入るよう促される。部屋の中は明るく、先程見た赤髪の青年も奥の方に見える。足を踏み入れると背後でバタンっとドアが閉まった。
「靴は脱がないでいいからね」
彼はそう言うと、私の脇からすっと抜けて部屋の方へ歩いて行く。私も慌てて後を追う。
「あ、来たんだ〜、いらっしゃ〜い」
「あら……人間の女の子じゃない」
「珍しい客人ですね」
部屋まで辿り着くと先程の赤髪の青年の他に、下半身は鳥の足があり腕の代わりに白い羽が生えている黒髪の美しい女性と、雪のように白い髪と肌をした目鼻立ちの整った男性がいた。
「実はさっき、彼女チュパカブラに襲われそうになっててさ」
いつの間にか五人分のお茶を持って現れた茶髪の少年がそう言うと、二人はなるほどという風に頷く。彼らは少年が置いた飲み物を飲みながら三人でトランプをしている。
どうすればいいか分からず、立ち尽くしていると茶髪の少年に空いていた席に座るように促された。
「えっと……お邪魔します」
「うん、どうぞ。あ、紅茶で良ければこれ飲んで」
「あ、ありがとう」
目の前にティーカップが置かれる。茶髪の彼は赤髪の青年の隣に座り眠そうに欠伸をした。
「そういえば今日はもう遅いけれど、ここに泊まってもらうのかしら?」
「ん? ああ、そのつもりだよー」
「どのみちすぐには帰れないだろうし〜、そうなるんじゃん?」
「そうですね。ここは現世ではありませんしその上、夜は危ないですから」
私を置いてどんどん会話が進んでいく。なんだかこの場で起きていることが異次元すぎて、夢を見ているようだ。
「あ、あの……状況がいまいち分からないのですが、私はどうすれば……?」
四人を見回し尋ねる。三人は私を見返し、先程まで話していたはずの茶髪の少年はソファに体を預け、規則的な寝息を立てて寝ていた。
「細かい事は明日でいいんじゃないかしら?」
「今日はもう遅いですし、休んでもらった方がいいですかね」
「詳しくは明日ウルが説明してくれるよ〜、多分ね〜」
そこまで言うと赤髪の青年と羽の生えた女性は違う部屋へと消えて行った。残った白髪の男性は少年にブランケットを掛けて上げている。
「何も説明せず、申し訳ないのですが今日はひとまずここでお休み下さい。空き部屋に案内しますね」
「あ、ありがとう、ございます」
機械的に、クールに言い放った彼は部屋の隅にあるドアを開け、私を通す。その部屋はベッドやテーブルといった最低限のものしか置かれていない質素な部屋だった。
「では、失礼します」
ぺこりと浅く礼をし、彼は去っていった。私は呆然としたままベッドに倒れ込む。
一体、今私の身には何が起こっているのだろうか。ただ学校に行ってバイトに行って、その帰りに変な人達と出会って……勢いでここまで着いてきてしまったが大丈夫なのだろうか。だが、恐らく彼らに助けられたことは間違いない。そもそも私が家に帰らなかったらお母さんが心配するのではないか?
ぐるぐるぐるぐる、思考の海に溺れていく。言い様のない重苦しい気持ちが胸の奥にずっしりと詰まっている。分からない。何も。ただ漫然とした不安感に包まれている。
「〜〜〜♪〜〜〜♪」
何処からか美しい旋律が響いてくる。とてもこの世のものとは思えないほど綺麗で艶やかな歌声が、海辺の砂を攫うように私の意識を優しく、ゆっくりと攫って行った。
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