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第2話
コンコン、と控え目にドアがノックされる音が聞こえる。カチャとドアノブが回され、人が入ってくる気配がした。
「……あ、起きてたんだ。おはよう」
寝ぼけ眼を擦りながら、声の主を見ると茶髪の耳を生やした少年がドアの前に立っていた。
「昨日は途中で寝ちゃってごめんね?」
「いえ、大丈夫……です」
少年は申し訳なさそうに謝る。昨日の様子から見ても彼はとても律儀で面倒見が良い性格なのかもしれない。
「ご飯出来てるけどいる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「うん、じゃあこっち来て」
ニコッと、人懐こい笑みを浮かべ柔らかい声で私を呼ぶと彼はトコトコと皆のいる場所へ戻っていった。
彼に釣られるように着いていくと、リビングと思わしき昨日の部屋には、翼の生えた女性と白髪の男性の二人が座っていた。赤髪の青年の姿は見えない。
「あら、人間の子じゃない。御機嫌よう」
「おはようございます。昨夜はちゃんと休めましたか?」
二人に声を掛けられる。挨拶を返し、安眠できたことを彼らに伝えると、二人は朝ご飯を食べることに集中し始め喋らなくなった。よく見ると二人が食べているものは肉や魚といった普通のものからネズミや虫という変わったものもあった。
「はいこれ。席はその辺に座ってよ」
茶髪の少年は向かい合うように置かれているソファの間にある一人用の椅子を指差す。そこのテーブルにはトーストと目玉焼き、牛乳など一般的な朝ご飯であろうラインナップが並べられていた。
「ちゃんと現世で調達してきたものだから人間が食べても害はないと思うよ」
そう言いながら、彼は自分の分の朝ご飯を食べ始めた。心無しか肉類が多く、中には生焼けのような状態のものもある。むしろほぼ生に近いのではないだろうか。
「い、いただきます」
少し不安に思いながらも出された朝食を食べてみると、見た目通りの味がした。サクッという軽やかな食感と共にふわりとバターの香りが広がる。
「……ところで、この方は一体誰なんです? チュパカブラに襲われたとのことでしたが」
「そういえばそうね。私達詳しいことは話していなかったわ」
食事を済ませたらしい翼の生えた女性と白髪の男性が茶髪の少年に尋ねる。少年はもぐもぐと口を動かし、飲み込むと口を開いた。
「あー、俺も詳しくは知らないんだけど……チュパカブラが追いかけてたから保護した感じなんだよねー」
「あら……そうだったの」
「ウルらしいですね」
飲み物を口にし少し考える素振りをしながら茶髪の少年は再び口を開く。
「取り敢えず、俺達で現世に返してあげた方がいいと思うんだけど……その前にまず自己紹介とか状況説明をした方がいいかな?」
琥珀色の透き通った瞳でこちらを見、二人をに視線を動かす。彼らは同意するように頷いた。
「それじゃまずは自己紹介するね。俺はウル。血は薄いけど一応人狼だよ」
「私はジュリ。ハーピーという……まあ、人面鳥みたいなものよ」
「僕はヘィルです。雪男ですね」
次々に名乗りを挙げる彼らと聞きなれない単語に戸惑いつつ、私も名乗らなければと思い立ち、慌てて言葉を言う。
「わ、私は星華〈せいか〉です! えと……人間です」
皆と同じように言ってみる。まさか自己紹介で種族名を言う日が来るとは思わなかった。そもそも雪男や人狼って空想の存在だと思っていたのに。
「へー、星華ちゃんって言うんだ」
「セイカ……綺麗な響きね」
「星華さんですね」
三人が各々の反応をする中、奥の部屋から大きな欠伸をしながら赤髪の青年がやって来た。彼はTシャツにジーパンという人間らしい格好をしている。
「あ、ロート……今起きたの?」
「ん〜、ねぇウル冷蔵庫から血持って来てよ〜」
「いや、自分で行けよ」
「えぇ〜、ケチだな〜」
そう言いつつロートと呼ばれた彼は部屋の右側へ消えて行き、左手にストローの刺さった輸血パックを持って現れた。そのままウルの横に勢いよく座る。
「あ、ロートは吸血鬼なんだ。でも星華ちゃんを襲ったりはしないから安心してね」
ウルさんが私を見て付け加えるように言い、安心させるように微笑んだ。ロートさんは飲みながら手をヒラヒラと振ってくる。
「ここには後一人いるんだけど……風呂場にいて出てこないから星華ちゃんは多分会わないかな」
「あの人魚の子ね〜、なんだっけ名前」
「ルーナよ。忘れたの?」
「仕方ないですよ。ロートさんは滅多に会わないですから」
「そうそう〜、オレ流水ダメだからね」
会話がぽんぽん進んでいく。ここには人魚もいるというのか。人狼、雪男、ハーピー、吸血鬼、人魚。まるで夢物語のようだ。
「自己紹介はこんな感じかな。それでさ、どうして星華ちゃんをここに連れてきたかなんだけど……」
ウルさんは簡単なことだけ掻い摘んで話すね、と前置きして説明してくれた。ここは私達人間が住む世界と違うこと、帰ること自体はゲートが開いている時間帯なら何時でもできるということ。そしてチュパカブラという生き物についてと彼らは何者で何をしているのかなど。
「というわけでね、最近現世で起きている事件にチュパカブラが関係しているんだけど、昨夜は星華ちゃんが狙われたみたいなんだ」
そこまで話したところで、ウルさんは何故かごめんね、と謝る。どうしてそんなことを言うのか不思議に思っているとヘィルさんが付け加えるように言葉を紡ぐ。
「僕達は現世で言う探偵のようなもので、人間達に悪さをしているチュパカブラを追っていた所なんです。それで見つけたはいいのですが……逃がしてしまった後で、星華さんをつけ狙っている所に遭遇したというわけです」
ウルさんは耳を垂らして落ち込んでいるようだ。その様子を見たジュリが励ますように翼で頭を撫でている。
「元々、ウルは人間だったから妖怪に襲われる怖さを知っている分、逃がしたせいでセリカを危険に晒してしまったと思っているのよ」
「だから生粋の妖怪であるオレ達と違って人間に情が厚いんだろうね〜」
ジュリさんとロートさんは自然な流れでさり気なく言う。
「え、人間……ウルさんって人間だったんですか?」
驚いて質問すると、当人であるウルさんが首を縦に振る。
「俺は高校生の時に人狼に咬まれたんだ。傷は浅かったし怪我は大丈夫だったんだけど……ね?」
「でもウル、普通に人間に化けて学校行ったりしてるんだよ〜」
「普段はここで暮らしてますけどね」
「ウルのお陰で色々人間の食事も食べたりできるのよね」
四人の間に暖かい空気が流れる。彼らはとても仲が良いらしい。私まで何処か胸がほっとするような心地になる。
「現世に帰れるゲートが開くのは誰そ彼時と彼は誰時だけだから……その時間までゆっくりしていってよ」
ウルさんはそう言い、ほかの三人は食器を片しにキッチンへ消えて行った。
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