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自分自身の異変を感じたのは、それからしばらくしてからだった。
学校帰りに買い物して帰宅する途中のことだ。
「痛っ……」
電車に乗ろうと駅の階段を下りていると、後ろから私を追い抜こうとした学生の鞄が私の腕に当たったのだ。
けれど、その男性はぶつかったことに気付かなかったのか、それとも急いでいたせいか、声を上げた私を全く無視して通り過ぎて行った。
(何なのよ、もう。階段を踏み外したらどうするつもりよ)
私はあまりの理不尽さにムカついた。
イライラを募らせながら、ホームまで下がると、ちょうど電車が行ったばかりのようで人はまばらで、私は列の前の方に並ぶ。
ほんのしばらくすると、込み合う時間帯のせいもあって、プラットホームは乗車待ちの客であふれかえった。
人いきれや話し声、はては匂いの強い香水などで、治まっていたイライラがぶり返す。
寄り道しないで、真っ直ぐ帰ればよかったと後悔しても遅かった。
(ちょ、ちょっと何するのよ)
混雑のせいか、不意に後ろから押される。
慌てて足で踏ん張り、前に立つ人にぶつからないようにした。もし、そのまま押していたら先頭の人がホームの下に落ちるところだ。
ほっとしたのもつかの間で、後ろからぐいぐい押される圧迫は一向になくならない。
何とか我慢を続けていると、ふと先頭にいる男性が目に入った。
さっきの失礼な男だった。
イヤホンをつけて音楽を聞いているようだ。
だから、さっき気が付かなかったのか、そう納得したのと同時に、先ほどの怒りがこみ上げて来る。
(何で、あんな奴のために私が我慢しなきゃならないの?)
そう思ったとたん、私の身体の力が抜ける。
そのまま、後ろからの圧力で前の男性の背を自分の鞄で押した。
(死ねばいい……)
私の意志は不可抗力から殺意に変わった。
「おい、危ないぞ。みんな押すな!」
前の男性が声を上げ、しっかりと踏みとどまったおかげで、間一髪のところで電車が入線した。
列車に乗った私は呆然とした。
さっきのあの感情の流れは、いったい何なんだろう。決して私のものではない……と思う。
まさか、誰かに操られていた?
私は頭を振って、その馬鹿げた考えを否定しようとしたが、どうしてもその妄想が私の頭から離れない。
スマホの画面に映る紋章を、私はやるせない気持ちで、じっと見つめた。
結局、陽菜は学校に戻って来なかった。休んだまま退学してしまったとの話だ。
理由は病気との話で、私はお見舞いに行けなかったことや満足な別れの挨拶が出来なかったことを後悔した。
けれど、しばらくして陽菜の病気が心の病であることが噂されるようになる。どうやら、親に自分の好きなことを否定されて、精神的に病んでしまったらしい。
しかも、その病のせいで陽菜は取り返しのつかない事件を引き起こしたというのだ。
私は、ふと自分が駅でしようとしていた行為に思い至る。まさか、陽菜も……そう思わずにはいられなかった。
疑ってかかれば、最近のニュースで若者の衝動に駆られた事件が頻発していることも関連性があるように思えてくる。
それどころか、知らない間に……自分が無意識の内に何かとんでもないことをするのではないかと疑心暗鬼に駆られるようになっていた。
私は決心を固めて、ある人物に会うことを決めた。
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