理性と本能の轍

10

「今、時間良いですか？」

　私は、休日の月曜の午後『ルミルカ』のライブ会場で、いつもの場所に陣取る男に声をかける。

「やあ、君かい……ん、どうしたの、真剣な顔をして」

　三休法師さんは、いつものように暗い笑みを浮かべる。

「……話したいことがあるんです」

　私の目をじっと見つめた三休法師さんは、ため息をつくと言った。

「わかった……ここじゃ目立つから、君が構わないなら場所を変えよう」

「はい、その方が嬉しいです」

　私たちはライブ会場を出ると近くのカラオケ屋さんに入った。

「あなたは、いったい何者なんですか？」

「いきなり何者とは、また抽象的な質問だね。哲学に興味でもあるの？」

　部屋に案内されるやいなや、前置きを省いて私が核心に迫ると、三休法師さんは余裕すら感じさせる顔で茶化すように答えた。

「惚けないでください。連日、ニュースで話題になっている事件に悪魔姫『ルミルカ』が関係しているんじゃないですか？」

「へえ、どうしてそう思うんだい？」

　私の一方的な決め付けに彼は興味深そうに目を光らせた。

「仲の良い友達が……『ルミルカ』信者の親友が事件を起こしたんです……」

　そして、私も起こしそうになった――それは口に出さずに心の中で呟く。

「はは……それだけで僕に関連付けるのは、いささか短絡的ではないかな」

「でも他に理由が見当たらないんです。それに私の直感がそう訴えてます」

「なるほど、それが君の内なる声というわけだ」

「茶化さないで！ それより、本当にあなたいったい何者で、何のためにこんな恐ろしいことを……」

「恐ろしいこと……ね」

「そうです。『ルミルカ』に……あなたに操られて、みんな取り返しのつかない事件を……」

「それは、どうかな」

「え？」

「『ルミルカ』は信者を操ってなどいないよ、今は少なくともね。ただ、自分に素直に……理性から解き放って本能のまま生きることを奨励しているだけさ」

「そんな……」

「それにまだ皆、ちゃんと理性が残ってるでしょ。そうでなきゃ、『ルミルカ』のライブが成功するわけないじゃない。無秩序に陥ってライブどころじゃなくなるよ」

「そ、それは……」

「まあ、強いて言えば、あの一連の事件は、感受性の豊かな者や精神的に参っているものが『ルミルカ』に強い影響を受けたに過ぎないって言えるかな」

「……じゃあ『ルミルカ』の影響を認めるんですね」

「そうだね、そうとってもらっても構わないよ」

「やっぱり……でも、何故こんなことを？」

「復讐だよ」

　三休法師さんは暗い笑みをひっそりと浮かべて答えた。