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「どうも、神の使いです」
深夜2時過ぎ、夜の支配者ー月が、暗くなった街を照らす。
そんな月明かりの下で自殺しようとする男がいた。俺だ。
人間は幸福と不幸が半分ずつとよく言うが、それは嘘だ。少なくとも俺は違かった。
愛犬のペロは病気で早くに死に、父親はキャバ嬢と付き合っているのがバレてお袋と争い離婚。そしてお袋はそのストレスからか犯罪を犯し現在、服役中だ。
もちろん、不倫男と犯罪者を親に持つ俺は散々虐められ、職にもまともにつけない状態だ。
もう自殺以外の道はない、俺はそう思った。
連絡橋の上で足に重りをつけ、手すりによじ登る。
ー思い返すほど楽しい人生じゃなかったな…
足についている重りのせいで上手く登れなかったが、なんとか手すりの上に立ち上がれた。
ーいや、1つあるな。
友人が連れていってくれた、アキバのメイド喫茶が脳裏に浮かぶ。
ー楽しかったなー。死ぬ前にもう一度行けばよかった。
重心を前にする。
「あー、メイド見てー。」
言葉が終わるのと同時に、手すりから足が離れた。
黒い海に体が叩きつけられる
ーはずだった。
「グエッ」
一瞬、何が起こったか分からなかったが、自分の首元を見て理解した。
何者かが自分の襟首を掴み、橋の上に俺を引き戻したのだ。
「ギャッ」
バランスが取れず、尻餅をつく。尻に電流のようなものが走る。
いたた、誰だよ俺の自殺を止めたやつ。
痺れるお尻を擦りながら振り返ると、衝撃の人物がいた。
硝子玉のように透き通ったコバルトブルーの瞳、整った顔立ち、そして極め付きは紺色のワンピースに沢山のフリルがついている衣装と頭のブリル。そう、メイドが俺の後ろにいた。
「あー、はいはいはい。これが本当のめいどの土産ってやつか。」
「違います。」
即否定をしたメイドは、名乗った。
「どうも、神の使いです。」
「はぁ?」
ー目の前には、自称「神の使い」のメイド。
どう見たってヤバいやつだ。だが、ヤバいやつがどうして俺を助けた?
考えろ。考えろ俺。
はっ!今日は9月3日。3日といえば花火大会がある。そして外国人がメイド服のコスプレ。
「ふっふっふっ、繋がったぞ!」
俺は高笑いをする。
「君は花火大会を見物しにきた、旅行客だな!?だが、残念。花火大会は着物で見るものであって、メイド服では見ない。そしてメイドは決して神の使いという設定はー」
「違います。」
2度目の即否定をされる。
ーせめて最後まで話させてよ。
「本日は我が主の失態について、謝罪しに参りました。」
「謝罪ぃ?」
理解が追いつかない。
「そもそもなんで、メイド服?」
「貴方様が望んだのでしょう?」
ーまあ、確かに望みましたけど…
「続けさせていただきます。まず先程も申し上げ通り、私の主はとある神であり、よく言えば好奇心旺盛。悪く言えば後先考えない方です。」
「はぁ…」
やはり理解が追いつかない。神?神の使い?
なんで俺に謝罪?人生に嫌なことがあり過ぎて、全く検討がつかない。
しかし俺の疑問をよそに、メイドは続ける。
「昔から少し危なっかしいので、不安でしたが、ついに好奇心旺盛な性格が裏目に出て、大きな失態を冒してしまいました。」
「失態って?」
「貴方様の残念な推測のおかげであまり時間が無いため、説明が出来ません。」
ー厳し~
「簡単に言えば、貴方様の身の回りの不幸全てが我が主の責任です。」
「全部かい!」
ーてっきり、1つかと思ったら全てだった。
しかし不思議と怒りよりも、安堵が胸に広がる。
「良かったぁ。てっきり俺、運の神に見放されてたのかと思った。」
「誠に申し訳ありません。奥様には二度とこのようなことをしないように注意致しました。」
ー女性だったのか。となるとなんの神だ?
俺が考えていると、メイドがポケットから何かを出した。
「お詫びの品として、これを。この中にはあなたの今までとこれからの幸せが入っています。大事に保存をしておいて下さい。」
差し出された物を受け取る。手を広げ、渡された物を見た俺は瞬時に全てを理解した。
「おい、これってー」
「では、他にも謝罪をしなければならない人がいるため、失礼します。」
声が聞こえたが、頭を上げるとそこには誰もいなかった。
手のひらで転がる箱を見る。
好奇心旺盛、数々の厄災、女性の神、そして箱。
「お前の主人ってパンドーラーかよ。」
夏の終わりを彩るように、色とりどりの花火が俺の横で咲いた。
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