雨の向こうに

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雨の向こうに

「今日も行くんだね。 ……気をつけて行くんだよ。」 「ありがとう、おばあさん。」 町外れに住むおばあさんが私に気付き、家の中から声をかけてくれた。 雨の音にかき消されないしっかりとした声を… 私は大きな傘をさし、港に続くなだらかな道をゆっくりと歩いて行く。 港までは行かない。 私の待つ人が、船に乗っていない事はわかっているから。 (いつになったらやめられるかしらね…) 心の中で呟きながら、私は愛しい人の笑顔を思い出していた。 長かった戦争が終わっていつの間にか二年と半年の歳月が流れていた。 終戦の知らせを聞いてから私は彼を迎えに毎日港に向かった。 船から降りて来る人の波に彼の姿がみつからなくても、 「きっと明日の船なんだ…」 そう言い聞かせて、毎日、彼を迎えに行った。 あっという間の一年だった。 もう彼のことは諦めるようにと皆に言われた。 けれど… 「きっと何か原因があって、帰るのが遅れてるだけ…」 そう思っていた。 思いこもうとしていた。 でも、一年が過ぎた頃、その想いが揺らぎ始めていることに気が付いた。 彼が、もうここに戻って来ない事はわかっている。 ……だけど、雨が降ると私はどうしても港に向かって歩いてしまう。 (だって、彼は雨男なんだもの。 何か大切なことがある日にはいつだって雨が降って…) 楽しかった記憶を思い出しながら、私は勢いを増してきた雨をそっと見上げた。 (そろそろ帰ろうかしら…) 土砂降りの雨で景色が白く煙る… ……その中に、私は片手に杖を着き、もう片方の手で持ちにくそうに傘をさす男性の姿を見止めた。 時間から考えれば、船からおりて来た人だろうか。 足が悪そうだけど、手を貸したほうが良いのかそれとも却って失礼になるのか。 なんとなく気になって見ている私の前で、男性は不意に立ち止まり、そして持っていた傘を落とした。 土砂降りの雨に打たれながら、男性は少しずつ私の元へ近付いて来る。 肩まで伸びた髪、不精髭… それは、私の知っている姿とはかなり違っていたけれど… 「キャリーーー!」 何年かぶりに耳にしたその声は、記憶と少しも変わってはいなかった。 「……ケイン?」 もしかしたらこれは夢かもしれない…幻影かもしれない… だって、もう戦争が終わってから二年半も経ってるんだから… それでも私は駆け出した。 ケインと同じように傘を投げ捨て、土砂降りの雨に打たれながら… 辿り着いたその胸は…間違いなく彼のものだった。 私が知ってるものよりも随分痩せて細くはなっていたけれど… 雨でずぶ濡れになって冷たくなってはいたけれど… 「やっぱり、あなたは雨男ね…」 小さな声で呟いたその声は激しい雨の音にかき消された。
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