8

3/5
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
「もう、できた?」  拓人が先に着替えて現れた。 「あ、はい、どうぞ」 「実家から連絡があったんだけど、早苗に二人目ができたらしい」  一口食べてから拓人が話し出す。早苗さんは拓人の妹だ。三歳の男の子がいる。 「……ああ、そう。それは、おめでとう」  何と続けようか、頭を回転させる。卑屈にならないよう言葉を探す。 「それは、お父さんたち喜んでるでしょう」 「ああ。でも泰人のこともあるから忙しいって言ってた」  11月に、弟の泰人さんも結婚を控えている。 「こちらにあまり関心が向かなくていいかも。こっちはまた、何も起こらなかったから」  拓人は箸を休めて、視線を上げる。私をじっと見る。  見ないで欲しい。立ち上がって急須にお湯を注ぐ。 「唯子……あの……」 「あ、私も急がなきゃ」    洗濯機から洗濯物を取り出す。乱暴にかごに放りこんでいく。  そばの洗面台の鏡に自分の顔が映る。じっくり見なくてもひどい顔をしてるのがわかる。  嫌だ。思い切りにーっと笑ってみる。なおさらひどくなる。  台所のシンクに拓人が食器を置く音が聞こえた。次は洗面台を使うだろう。   残りの洗濯物を急いで取り出す。  こちらに向かって来た拓人のそばをすいっとすり抜けた。    洗濯物を干していると、玄関の方から、いってきますという拓人の声が聞こえた。慌てて玄関に向かう。 「いってらっしゃい。お弁当ごめんなさい」 「いいよ。唯子……あせらなくていいよ。俺たちは俺たちで」 「先輩は……子ども欲しい?」 「それも、どちらでもいい。また、ゆっくり話そう」 「うん……」 「いってきます」 「いってらっしゃい」  ドアがバタンと閉まった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!