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 拓人は大学を卒業した後、医薬品メーカーの研究所に就職したらしい。  忙しいのと本人にその気が無いのとで、彼女はいなかったと言っていたけど本当かな。  拓人のおばさんがお見合いをセッティングした。  その話が私の伯母の所に舞い込んで来たのは運命としか言いようがない。  自分で勝手に、そう思い込んだ。    お見合いの席で思わず言ってしまった。 「時松先輩の事、ずっと見てました」  拓人は、一瞬眉を寄せた。そして、はっと顔を上げると、ふうっと微笑んだ。 「ああ、卒業式に手紙をくれた人」  見ていたことは知らなかったらしいが、手紙のことを覚えていてくれて、感激した。  もう10年も前のことだったのだから。  その他大勢の、目立たない生徒だった私を神様は忘れないでいてくれたのだと信じた。  チャンスを逃してはいけないと意気込んだ。  何度目かのデートの最中、私は唐突に申し込んだ。 「私と結婚してもらえませんか」  拓人は驚いた顔も見せず、静かに微笑んだ。 「いいですよ」  私の方が拍子抜けしてしまった。 「僕も今日言おうと思ってました」  あの時私は有頂天だったからよく考えなかったけど、拓人は本当にそう思ってたの?  私の勢いに押されただけじゃないの?  やっと結婚する気になって、条件に合った女と知り合って、まあいいかと妥協したのでは?    私は何の取り柄も無い。  無いどころか、結婚してみれば、なかなか子どもができないことがわかって後悔してるんじゃない?    新しい涙が枕を濡らす。  さっき肌を合わせたばかりなのに、もうその温もりを思い出せない。   手を伸ばせばこんなに近くにいるのに、私は腕を縮こませたままでいる。    くしゅ……。  小さくくしゃみをした。
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