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「クリムトの絵がないな・・・」
うららかな5月。ゴールデンウィーク明けの初日だった。
都内、ある中学の美術室。男が、学生の作品をチェックしている。男は美術教諭で、美術部の顧問である。美術部は、一応は”部活動”ではあるが、運動部やブラスバンドのように大会があるわけでもなく、文化祭に作品を展示する以外は特に何のイベントもない。ただ、それでは格好がつかないので、休み明けには何か”作品”を提出するようにしているのだ。
美術部とはいえ、最近はタブレットにアプリで絵を描いている学生がほとんどである。男の前にはプリントアウトされた今どきのイラスト、つまりマンガが10数枚あった。男には全て同じ絵に見えた。誰が描いたのか区別もつかなかった。やれやれ、と思うのだが、そういう時代なのだと諦めていた。
もし、学生の誰かが将来絵を描く職業に就くとしたら、アニメや商業イラストを描くのだろう。そうなれば、学生たちの言う「デジタル」で、大量に絵を描くことになる。1点の油彩画や日本画を数ヶ月もかけて描くような芸術家が必要な時代ではないのだ。それでも男は「アナログ」と呼ばれ隅に追いやられている肉筆画を、部員のひとりでもいいから描いてくることを、わずかに期待していたのだった。
「クリムトの絵がない・・・」
クリムト、というのは栗本理沙のことだった。美術部で唯一「アナログ」で絵を描き続けている学生だった。父親に絵心があり、デッサンを教えたらしく、とても丁寧で綺麗な絵を描いた。スマホで調べるよりも美術館でナマの名画を見るのが好きな、今どき珍しい部員だった。理沙という名前がそもそも”モナリザ”からとられたらしい。ただ、他の部員は苗字を一字変えて”クリムト”と呼んでいた。
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